りぼんの読書ノート

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山田風太郎明治小説全集 8.エドの舞踏会

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いわゆる「鹿鳴館時代」を舞台として、明治の元勲たちの夫人たちをオムニバス形式で描いた本です。反骨精神に溢れる、著者の明治時代小説の中でも異色の作品でしょう。当時、西郷従道海軍大臣のもとで秘書官を努めていた若き山本権兵衛と、アメリカ留学後に大山巌の妻となったマドモアゼル捨松が、元勲たちの夫人たちを鹿鳴館に招待する命令を受けて、それぞれの家庭の事情に踏み込んでいくという設定。

明治の元勲たちの妻には、芸者・遊女出身の女性が多かったのですね。しかし、それがいったい何なんでしょう。内助の功を積み、夫と深く愛し合う限りにおいては、出自など何ほどのこともありません。束縛も制約も多い中で、上流階級の妻として力強く花を咲かせる女性たちの姿には、感銘を受けてしまいます。

井上馨夫人・武子は、小旗本の娘でありながら、家の没落後に柳橋の芸者となりました。しかも、鹿鳴館の名付け親である中井桜州の妻となっていたのを井上馨が略奪したといういわく着き。彼女は、夫が芸者梅龍に産ませた娘を取り戻し、実の娘として育てます。

伊藤博文夫人・梅子は、馬関芸者の出身です。芸者遊びに大金を費やし総理となってからも金策に苦労する夫に代わって、金貸しに小気味いい啖呵を切る見せ場も。この時に自宅を抵当に入れてしまった伊藤博文のために首相官邸が造られたんですって。

山形有朋夫人・友子は、松下村塾の先輩の娘ですが、肺病で早世する前は椿山荘の女主人として君臨していました。夫が後添えとして望んでいた吉田貞子を鹿鳴館に連れ出すことで、かえって正規の結婚ができないようにしたのは、夫への意趣返しでしょうか。

黒田清隆夫人・瀧子は、深川芸者出身です。酔って前妻を斬殺したという噂があったほどの酒乱の夫に苦労させられますが、幼馴染であった「殴られ役の馬丁」の諫死があって以来、清隆の酒乱癖は止まります。もっとも清隆の天才ぶりも一緒に消えてしまったようですが。

森有礼夫人・常子は、開拓使女学校で学んだ旗本の娘ですが、「日本製イギリス人」とまで言われたほどの夫が、生活を全て洋式にして日本的なものを全て奪い去ったことに対して、痛烈な復讐をするのです。なんと混血児を生むという大スキャンダルを起こすんですね。

大隈重信夫人・綾子は、旗本の娘でしたが、吉原遊女だった時代もありました。大隈の不遇時代をずっと支え続ける綾子が、後に大隈を襲う爆弾魔・来島恒喜との因縁があったなんていうのは、さすがに作者の創作ですよね。

陸奥宗光夫人・亮子は、三島通庸との確執があった夫を支え続けるのですが、そのためには三島が山形県令時代に服役していた夫が、入牢中に子どもを生ませていたという前代未聞の事件まで利用するという気の強さ。

日本政府顧問であったル・ジャンドル夫人・糸子は、松平春嶽落胤であって、国家のために輿入れさせられたのですが、当然混血児として生まれた実子を里子に出してしまいます。長男は、後の歌舞伎俳優・市村羽左衛門となります。

実は、山本権兵衛夫人・登喜も、品川遊郭女郎あがりでした。この2人が最後まで相思相愛のままで添い遂げるというエピローグが効いています。

2009/9