りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

ぐるりのこと(梨木香歩)

イメージ 1

「ぐるりのこと」とは、身の回りのこと。自分の周囲に目を向けて気づいたことや、心の奥から立ち上がってきた思いを綴ったエッセイ集です。梨木さんオリジナルの表現ではなく、他の方の本で見つけた言葉で、その語感の柔らかさと広がりに惹かれて、タイトルに用いたようです。

前のエッセイ春になったら苺を摘みにでは、イギリス留学の思い出を中心にして、下宿先の児童文学家であるウェスト夫人の「理解できないものも受け入れる」という、他者に対するスタンスへの共感が前面に出ていましたが、本書は少々わかりにくい。

高千穂岳に近い山荘で出会った鹿、ドーバーの断崖の上に立って友と交わした会話、トルコ旅行の際の、ガイドの青年との会話のすれ違いや、ヘジャーブをかぶった女性のまなざし、イラク戦争の衝撃と人質事件報道、幼児殺害事件の衝撃など、連載当時に起きた出来事に触れて感じたことを、未整理のままに語っているかのように思えます。

ただ、基本は同じ主題を発展させたものなのでしょう。「境界」という言葉が何度も登場してきます。自分と他者の境界、日本と世界の境界、観察者と被観察者の境界、共同体の間の境界。自宅と隣家の境界、人種や思想の異なる者たちの間の境界・・。世の中はいかに、何かと何かを隔てる「境界」に満ち満ちているものなのか。できるだけ「境界」を意識せず、できることなら「境界」そのものの上に身を置きたいとの強い思いが、どのエッセイからも感じられます。でも同時に「境界」というものは不安定であり、その状態を維持することはものすごいエネルギーを必要とするのです。

昨年、同名の映画が公開されていましたが、本書の映画化? このエッセイにストーリーをつけるのは大変だと思いますが・・。

2009/6