りぼんの読書ノート

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黒のトイフェル(フランク・シェッツィング)

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「トイフェル」とはドイツ語で「悪魔」のこと。大聖堂の建設が進む13世紀のケルンで、建築監督のゲールハルトが殺害されます。足を滑らせて足場から転落したというのが、目撃者を名乗る者たちの証言。ところが、こそ泥のヤコブは、悪魔のような黒い影が建築監督を突き落とすのを見てしまったのです。

秘密を見てしまったヤコブは、悪魔のような殺し屋に命を狙われます。殺し屋の正体は何者で、建築家はなぜ殺害されたのか・・という物語なのですが、殺し屋の黒幕は冒頭から明らかになっています。わからないのは動機であり、ケルンを揺るがす陰謀の存在です。

これを理解するためには、当時のケルンの情勢を知らなければなりませんが、本書では読者もヤコブと一緒に歴史を学べるようになっています。下層階級に生まれたヤコブが、彼を窮地から救ってくれた娘リヒモディスの伯父で、とある教会の首席司祭を務めるヤスパーから、そのあたりの背景を教えて貰うとのくらりがありますので。早くも8世紀に大司教座が置かれて宗教領邦として発展してきたケルンでは、商工業の発達とともに力をつけた都市市民たちと、古くからの貴族たちとの間で三つ巴の対立が激化していたんですね。なるほど。

十字軍遠征で生き地獄を見て精神を虚無に支配されてしまったという殺し屋の存在も、物語に時代性を強く与えています。でも小説としては、その後の大ヒット作深海のYrr(イール)には及ばないかな。

ケルン大聖堂は未見ですが、それより小ぶりなヴォルムス大聖堂に行ったことがあります。小ぶりとはいえ大聖堂は、高い建築物も山もないライン中流の平原に、他の全てを圧してそびえ立っていました。アウトバーンで、かなり遠くからでもその威容を識別できたほど。中世にこれだけのものを建設するには、かなりの富と労力が費やされたわけであり、その背景には宗教権力と都市との微妙な力関係があったのですね。

2009/5