りぼんの読書ノート

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蝉しぐれ(藤沢周平)

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次々と映画化されている藤沢作品の中で、最初に映画化されただけの理由はあります。

少年の淡い恋、親友との長年にわたる交友、派閥争いに巻き込まれて刑死した父への尊敬の念と、苦しい生活の中で息子に愛情を注ぐ母への感謝の念、剣の修行で鬱屈したエネルギーを昇華させ、自らを律しながら剣士として成長する日々、醜い陰謀に対する怒り、手に汗握る大剣戟・・と、藤沢時代小説を貫いているエッセンスが全て含まれているのですから。

清流とゆたかな木立に囲まれた城下組屋敷を舞台に、普請組の跡とりとして養子に入った文四郎のひたむきな生き方が、端正な文章と相まって、この上ない清涼感を与えてくれるのです。それに加えて、一幅の絵を見るかのように美しい名場面の描写と、無駄も無理もなく完成度の高いストーリー展開。

そして数十年後のエンディングが素晴らしい。藩主の側女となって去っていった初恋相手と、幼かった頃の気持ちをはじめて確かめ合う場面。主人公、牧文四郎の半生を、彼とともに行き抜いてきた感すら与えていただきました。先に映画を見てしまったことが惜しまれます。

2009/5 北海道往復の機内で