りぼんの読書ノート

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戦場の画家(アルトゥーロ・ペレス・レベルテ)

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地中海に臨む中世の望楼にただひとり篭って、写真では表現し切れなかった戦争風景の壁画を描いているのは、戦争を撮り続けてきた元カメラマン。彼の心を去来するのは彼が見てきた戦争の光景と、彼の目の前で地雷を踏んで死んでいった元恋人の思い出。

そんな彼の元に、元クロアチア民兵と名乗る見知らぬ男が訪れてきます。彼がユーゴ紛争中に敗残兵として惨めに行軍をしている様子を撮影した一枚の写真がカメラマンに富と名声をもたらした一方で、被写体として「有名になった」彼自身には、捕虜になっての拷問と家族の惨殺という悲劇が引き起こされていたというのです。過去を清算するために元カメラマンを殺しに来たと言う元民兵と、元カメラマンの会話からやがて明らかになってくるのは、両者の深い悩みと、意外な事実でした・・。

著者自身、元戦場ジャーナリストであったことを思うと、この本は自ら感じていた苦しみを自問自答したものなのでしょう。この小説の中ですら、元民兵の存在は現実のものではなく、元カメラマンが心の中に自ら作り出したものであるかのように思えてきます。

民兵が体現しているのは「戦争」です。その無残な現実の前に、元カメラマンが主張する「論理」や、死んだ元恋人が象徴している「芸術」は、美しいシンメトリーを築いているものの、いかにも無力であるかのようです。救いはどこにあるのでしょうか。それともそんなものはどこにもないのか。物語の結末は衝撃的で意外さに満ちているのですが、本書で提起されている問題は、戦争報道者だけでなく、その「鑑賞者」である者にも無関係なものではありません。

2009/5