りぼんの読書ノート

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義民が駆ける(藤沢周平)

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藤沢さんの故郷である庄内地方で、江戸時代に起こった実話をもとにした時代小説です。徳川譜代の名門・酒井氏が220年もの間治めてきた庄内藩に対して、「天保の改革」を進めようとする老中首座・水野忠邦から突然言い渡された「三方国替え」の危機に対して立ち上がった百姓たちを主人公とする物語。

もともと、「三方国替え」とは理屈のない話だったようです。莫大な借財を抱える川越藩松平氏が、11代将軍家斉の息子を養子に迎えた機会を捉えて、内実の豊かな庄内への転封を所望したことから、「川越→庄内→長岡」という領地スワップを命じられたもの。庄内の半分以下の石高の長岡へと転封される酒井氏としてはたまったものではありませんが、藩内はこの未曾有の危機に対して、恭順派、添地を願う妥協派、反対の嘆願派に分かれます。さすがに城に立てこもって徹底抗戦を主張する者はいなかったのですね。

ところが、国替えによる圧政の到来を案じる百姓たちが立ちあがるに至って事態は一変。「百姓と雖も二君に仕えず」との旗印を背負って、数百人もの百姓たちが深山にわけ入り間道を伝って庄内なら江戸に上り、直訴を行なうという前代未聞の行動に出たのですから。もちろん、幕府に刃向かう行為ですから、死罪覚悟の決死の直訴。

背景には、庄内の豪商・本間氏の策謀もあったと言われますが、これが歴史を動かします。幕府、藩、商人、百姓らの思惑と決意と行動が、ドラマティックな展開を生み出すんですね。この件を天保の改革に対する試金石として、無理を通そうとする水野忠邦と、百姓の直訴を利用しようとする酒井家重臣たちのせめぎ会いは、読み応えがあります。

でも本書は、農民が勝利する痛快さだけの物語ではないのです。百姓らに好意を抱いていた酒井家家臣が、終盤に「農民の力」に恐怖を感じ始めるあたりや、「お沙汰やみ」を喜ぶ百姓たちに対しても「輝かしく思われる勝利の結果もたらされるのは、以前と同様の最低限の暮らしにすぎない」と突き放すあたりは、現実を直視した問題提起。いかにも藤沢さんらしい躊躇があるのです。

2008/12