りぼんの読書ノート

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舞踏会へ向かう三人の農夫(リチャード・パワーズ)

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1914年の春、ドイツ人写真家であるアウグスト・ザンダー氏が撮影した一枚の写真には、「舞踏会へ向かう三人の農夫」との表題がありました。著者とおぼしき主人公は、デトロイトの美術館でこの写真を見た瞬間にインスピレーションを得て、「彼らがたどり着いたのは舞踏会ではなかっただろう」と考えます。写真の日付の3ヶ月後には、第一次世界大戦が始まったのですから。

1984年の秋(本書の出版は1985年なので「現代」です)、コンピュータ業界誌に勤めるピーターは、ビルの8階の窓から見たパレードで、サラ・ベルナールに扮した女性に一目惚れしてしまい、彼女を探そうと決意します。

この一見関係のない3つの物語(主人公、ピーター、農夫たち)はどうつながるのか。主人公はこの写真を知っているという移民の老掃除婦と出会い、ピーターがようやく探し出した女優から渡された古い新聞写真にはなぜか自分そっくりの男がフォードと肩を組んで写っており、農夫たちはそれぞれ戦争に巻き込まれていきます。

これら3つの重層的な物語が結びついた時に姿を現すのは、まさに20世紀という時代。ミッシング・リングとして、戦前のドイツと現代アメリカの橋渡しをするのは、デトロイトの自動車王ヘンリー・フォードと、フランスの世界的大女優サラ・ベルナール

第一次大戦を個人の善意で終結させようとしたフォードが「平和船」を仕立ててヨーロッパに乗り込んだときには、誰もが笑い飛ばしたけれど、彼の行動が起こすかもしれない奇跡を唯一の希望として、すがりついた人々がいたという事実は、喜劇でも悲劇でもありません。

「19世紀は、第一次世界大戦によって終止符を打たれた」との観方があります。農夫たちがたどり着くことになったのは「20世紀」という新しい時代でした。それは、凶暴な姿をむき出しにした巨大で圧倒的な暴力機構に、一握りの人々の善意が対峙しなくてはならない時代。

テーマは重く主人公の語りは硬質的ですが、あとの2つの物語は軽いテンポで進んでいき、思ったよりも読みやすい小説でした。リチャード・パワーズはとってもいいですね。新作の『われらが歌う時』も楽しみです。でも、年内には読めないだろうな。2作目の囚人のジレンマを先に読んだのは失敗。この物語の中にすでに、2作目のテーマの萌芽があったのですから。

2008/12