りぼんの読書ノート

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総統の子ら(皆川博子)

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ヒトラーの時代」を生きたドイツの少年たちの軌跡を描いた物語。皆川さんの耽美的・幻想的な作風は、少年たちの幼い頃のエピソードに少々登場するだけで、かなりリアリズムに満ちた小説に仕上がっています。

物語は、1934年、エリート養成機関ナポラを受験するために列車に乗った2人の少年の出会いからはじまります。ひとりはキールから来たカール。もうひとりはベルリンっ子のエルヴィン。選ばれし少年たちは、ドイツを再び一流国家に復活させるとの公約を果たしつつあるヒトラーに対して忠誠を誓い、栄光のSS(親衛隊)に入隊することを夢見て、勉学に、訓練に励むのです。エルヴィンは少々耽美的だけれど、そこにあるのは、ごくごく普通の12歳の子どもたちの世界。

6年後、再軍備を整えつつあるドイツは、第一次大戦の敗戦後に奪われた旧領土で虐げられているドイツ系住民の期待にこたえる形で、チェコに、ポーランドに進駐し、第二次大戦が始まります。18歳となった少年たちも、それぞれヒトラー・ユーゲント部隊の一員となって出陣。

一方、少年たちの憧れの的だった、エルヴィンの年長の従兄・ヘルマンは、落馬事故で五輪出場の道を絶たれた後、保安諜報部員にスカウトされて、東部戦線で工作活動に従事します。彼がそこで見たのは、ポーランド人によって略奪され、虐殺されたドイツ系住民の悲惨な生活。ヘルマンにとっても、やはりドイツ軍は「解放軍」であり、総統は「希望の星」だったのです。彼らには第三帝国のダークサイドは見えていなかったのでしょう。

やがて、1942年の冬を境に戦況は一変。真冬のスターリングラードソ連軍に屈したドイツ軍が、残虐なパルチザンの襲撃を受けながら厳しい撤退戦に入る中で、ヘルマンはソ連軍の捕虜となってしまいます。戦車中隊を率いていたカールもまた、ノルマンジーに上陸したアメリカ軍の捕虜となり、戦争裁判に臨むことになるのですが・・。

独ソ戦の描写が圧巻でした。ドイツ軍の銃弾を使わせるためだけに、武器も持たない新兵たちを死兵として突撃してくるソ連軍の戦い方は、映画「スターリン・グラード」の冒頭シーンを思い出させます。事実だったのでしょう。戦後は英雄として称えられることになるパルチザンの残虐さの描写も、読んでいて息苦しくなるほど。

もちろん著者の意図は、ドイツ軍の誇り高い姿を描くことではありません。ここで描かれているのは、誇り高い個人であろうとも運命に翻弄されざるを得なかった「時代」です。『総統の子ら』のタイトルですが、国家にも、ここに登場する主人公たちにも、「母の存在」が欠落していたことが象徴的でした。

2008/8