りぼんの読書ノート

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世界の測量 ガウスとフンボルトの物語(ダニエル・ケールマン)

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天才数学者であり天文学者でもあったガウスと、大探検家であり地理学者でもあったフンボルト。19世紀はじめのドイツを象徴する2人の偉人を主人公とした、知的冒険小説です。

同時代に生きながらほとんど接点のなかった2人ですが、著者にこの2人を組み合わせることを思いつかせたのは、彼らの晩年の業績でしょう。共通点は「磁気」。磁力の単位に名を遺すように磁気学についても多大な業績を遺したガウスと、地球の磁力の強さが極から赤道に向かって減少することを発見したフンボルト。「世界を理解したい」との強い思いこそが、彼ら2人の共通項であったに違いない・・というのが、著者に本書を書かせた動機だったはず。

読んでみたら、意外と面白い。煉瓦職人の家に生まれ、幼い頃から神童ぶりを発揮して数々のエピソードを振りまきながら育ち、公爵の支援でゲッティンゲン大学に学び、数々の天才的な発見をしながらその多くを公表せず、「数学では飯は食えない」とばかりにゲッティンゲンの天文台長になって、そこに40年もの間こもり続けまたガウスフランス革命ナポレオン戦争のことも知らずに天文台に篭り、戦後は「ナポレオンは私がいたのでゲッティンゲンを砲撃しなかった」と言い続けたとのエピソードもあるほど。

ベルリンでプロシア貴族の家に生まれ、鉱山学校で学んだ後に世界探検に乗り出して南米大陸を踏破し、当時としては世界最高地点にまで到達し、動植物の分布と気候要因との関係を説くなど近代地理学の先駆者として、ナポレオンに次いで有名な人物とまで言われたフンボルト

2人の私生活ぶりも楽しいのです。ガウスが唯一精神的にも尊敬していた最愛の妻ヨハンナの死から立ち直れず、気難しい親父となってしまい子どもたちを愛せなかった様子や、フンボルトが探検の相棒だったボンプランをないがしろにしていた様子などは、単に彼らの変人振りを示すエピソードなのか、時代の精神のひとつの現われと見なすべきなのか。

素数の音楽大冒険時代を足し合わせたような知的興奮を味わうことができる本ですが、本書の最大の魅力は、産業革命以前のヨーロッパ的なものの没落をも予感させてくれる、2人の晩年の様子かもしれません。

愛せなかった息子を新大陸に旅立たせてしまったガウスと、全てがアレンジされたロシア探検で若手学者たちから尊敬はされながらも「過去の遺物」扱いをされて落胆するフンボルト。その背後にあったのは個人的な「老い」だけではないように思えるのです。

2008/6