りぼんの読書ノート

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漆の実のみのる国(藤沢周平)

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江戸時代中期には米沢上杉藩の財政はほとんど瀕死状態にまで追い詰められて、一時は藩土返上のうえ領民救済は公儀に委ねようと本気で考えたほどだったそうです。

外様とはいえ、上杉謙信以来の名家がどうしてこんなに落ちぶれてしまったのか。秀吉時代に越後から会津に国替えとなった際に120万石だった領地は、西軍と連動して家康に反抗した関が原の後、米沢30万石に押し込められ、さらに藩主交替のトラブルで15万石まで減少。それでも会津以来の家臣団5000人を抱え続けた結果だそうです。

そんな時に現れて藩政改革に乗り出したのが、上杉治憲(鷹山)。後に、「為せば成る 為さねば成らぬ何事も 成らぬは人の為さぬなりけり」の言葉がケネディに引用されたりして、「逆輸入」の形で日本での知名度が上がった人物です。

鷹山の改革は、藩主時代の「前期改革」と、天命の大飢饉で一旦挫折して藩主の座から退いた後に後継藩主を補佐して行なった「後期改革」とに分けられますが、現実の効果をあげたのは後者です。米沢藩が借金を完済して健全財政を実現できたのは、17歳の若さで藩主となった鷹山が72歳で亡くなった翌年といいますから、財政再建とは長期の取り組みを必要とするものなのですね。

しかし本書の中心は「前期改革」であり、それが挫折した後、再度の取り組みを決意するまでの物語。前期改革の目玉は単なる倹約ではなく、漆や楮(コウゾ)などの商品樹木を300万本植樹するという新規事業の創出だったのですが、漆の実が小さな粒であることを知らなかった鷹山は、クルミのように大きな実が秋の風に吹かれてカラカラと枝先で鳴り、その音が山里一面を満たす風景を心に描きます。それは幻の風景だったのですが・・。

本書では、全編を通して政治、経済、そしてそれに伴う権力闘争が描かれています。無私に殉じようと決意した人々であっても再建方針を巡って争い、忠臣であっても無力感に捕われて挫折し変節し、汚職で失脚するものも排斥されるものも現れる、長い闘い。

本書は著者の遺作であり、未完のままだそうです。鷹山が挫折から再び立ち上がって「後期改革」を実現するまでを描きたかったのでしょうが、余韻を残したような終わり方も決して悪くはありません。

2008/6