りぼんの読書ノート

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アムステルダム(イアン・マキューアン)

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世界の中で、一定の条件のもとでの安楽死が認められているのはオランダだけ。著者の友人たちの間で「アムステルダム」というのは、「安楽死」を意味する隠語として用いられているようです。本書は、安楽死問題をひとつの伏線として、コメディタッチで描かれた悲喜劇です。

派手に浮名を流していた女性モリーが、長らく痴呆症を患った末に寂しい死を迎えました。彼女の葬儀に集まったのは、かつて彼女と関係があった著名な作曲家、大新聞社の編集長、次期首相候補外務大臣といった錚々たるメンバー。

誰もが俗物であったモリーの夫ジョージを嫌っていたのはともかく、かつての恋人であり浮気相手であった3人の関係もかなり微妙。互いに相手に優越感を抱いていたり、奇妙な友情を抱いていたりするのです。

そんな中、ジョージが編集長にモリーの遺品の中にあった写真を売りに出したことから、物語は一気に流れ出します。その写真とは外務大臣が痴態を演じているもので、世間に出ればスキャンダルを引き起こしかねないものだったのですから。写真の取り扱いをきっかけにして、3人はそれぞれ精神的に追い詰められていきます。やがて、彼らの脳裏に浮かんだのは「アムステルダム」という言葉でした・・。

短い作品ですが、ブッカー賞受賞作だけのことはあって、構成はしっかりしています。何より、人間の心理に潜んでいる孤独感とか厭世観がジワッと表面に漂い出てくる様子を丹念に、しかも滑稽に描くあたりは、モリエールすら髣髴とさせてくれるくらい。軽く読めた本ですが、レビューを書いているうちにあらためて完成度の高さに感心してしまいました。

2008/6/8読了