りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

パイの物語(ヤン・マーテル)

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ヒンズー教だけでなくキリスト教イスラム教の神々をも愛する、インドの動物園経営者の息子パイは、動物園を閉鎖してカナダへの移住を決めた両親とともに貨物船に乗り込みます。動物たちが一緒なのは、北米でのほうが高く売れるから。

ところがその貨物船は太平洋上で嵐に巻き込まれて、あっけなく沈没。救命ボートで脱出できたのは、当時16歳のパイ少年と、シマウマ、オランウータン、ハイエナに加えて、この世で最も美しく危険な獣であるベンガルトラ。狭いボートの中で繰り広げられる「弱肉強食の世界」に巻き込まれては生命の保証はないと理解したパイ少年は、ベンガルトラより優位に立とうと試みます。

ベンガルトラが船酔いを嫌がることを利用して船揺れとホイッスルを条件付けようとしたり、ボートの備品にあった太陽光による海水蒸留器で作った水や釣った魚を分け与えたりして、何とかして彼を飼い馴らそうとするのですが、果たしてその試みはうまくいったのでしょうか。そして200日を越える漂流の結末は?

・・と書くと「海洋冒険物語」のようですが、本書の本質はそうではありません。この物語は救助されたパイ少年が語った「漂流の顛末」であって、第一部で執拗に記されていたように、あらゆる神を愛そうとしているパイ少年が生み出した「神を信じることができるような」物語であると理解すべきなのでしょう。

本書の性質上、ここで「ネタバレ」を書いてしまうわけにはいきませんが、ラストでの意外な展開には「やられた!」という爽快感だけでなく、むしろ敬虔な気持ちにさせられます。そして「虎を飼い馴らすこと」の意味について、しみじみと考えさせられてしまうのです。

ただ、このような「語り=騙り」が成立するのは、細部までリアリティに満ちた説得力ある叙述があってはじめて可能になるもの。この点は、多くの方がコメントしているように、アラスター・グレイさんの哀れなるものたちとも共通しているところですね。

2008/6/7読了