りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

1/4のオレンジ5切れ(ジョアン・ハリス)

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ショコラブラックベリーワインとともに「フード・トリロジー」とも言われますが、生の喜びを、ちょっぴり不思議な香りを振りかけながらも、素直に歌い上げていた前2作とは、ずいぶん趣が異なっているゴツゴツした作品です。

じきに65歳になるフランボアーズは、出自を隠したまま出身の村に戻って、母が遺した農園を再建しようとしています。なぜ、彼女が自分を隠して生きていかなければならないのか、かつて彼女の一家と村人たちの間に何が起こったのか。それは、彼女の9歳の夏から秋にかけて起きた事件によるのですが、母の雑記帳を読み解くことによって、驚くべき真実が姿を現してきます。

当時は1942年。フランスはドイツに占領されていて、ロワール川流域にある片田舎の村にもドイツ兵が駐留していました。ドイツ兵に媚びる者、抵抗する者・・誰もが、秘密を持つことを強要され、秘密を持たなければ生きていけない時代だったのです。

三人兄弟の末子で、意固地で、勝ち気なフランボアーズも、秘密を持つこととなります。兄や姉に仲間外れにされないための秘密。オレンジにアレルギーを持つ母の目をくらますための秘密。彼女を理解してくれるドイツ兵に抱いた幼い恋心を隠す秘密。願いを叶えてくれるというカワカマスの「おっかあ」を釣り上げるための秘密。父が戦死した後、遺された農園を切り盛りしていた偏屈な母も、秘密を持っていたのですが・・。そんな秘密が破綻したときに、悲劇が訪れます。そしてその悲劇の真相もまた、長い年月の間、秘密として隠されていました。

母の雑記長と自らの記憶をたどって、50数年前の事件の真相が明らかになった時に彼女が感じたのは、新たな悲しみだったのでしょうか。それとも心の平安だったのでしょうか。いずれにせよ、過去と決着をつけないと、新たな一歩を踏み出せない場合もあるのでしょう。

2008/5