りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

通訳(ディエゴ・マラーニ)

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beckさんとレトロさんに紹介された本です。23種の言語が共存するEUの翻訳官である、言語のプロによって書かれた不思議な物語。

「全生物が話す普遍言語を発見しかけている」と主張する、精神に異常をきたした通訳を解雇した、通訳サービスの責任者・ベラミーに、彼の狂気が伝染してしまうのです。突如として、通常の言語(多言語通訳者にとって何が通常なのか?!)が出てこなくなり、わけのわからない音節を発してしまう症状を呈したベラミーは、言語クリニックで治療を受けるのですが、ここの処方が秀逸です。

ベラミーは、母国語であるフランス語での会話を禁じられ、ロマン系とスラブ系が融和したルーマニア語の学習(時々カンフル剤としてのドイツ語会話)を命じられるのですが、これは、軽度の言語分裂病に対する療法にすぎません。より重度の患者には、ヨーロッパ系で最も古いといわれるリトアニア語や、バスク語の習得、さらにはナバホ語や日本語による隔離療法も処方されるというのですから(笑)。

確かに、英語で会話しているときには、英語で考えているような気がします。言語は思考であり、自我でもあると思うと、「多言語話者の分裂性」とのテーマも、妙に説得力を持ってくるのです。

ところが、著者の想像力はこれにとどまりません。失踪した通訳の遺した地名のリストを携えて、欧州中を放浪するハメになったベラミーは、ルーマニアで殺人者とされたり、出会った女性と一緒になって「ボニーとクライド」ばりの強盗旅行を続けたりするのですが、最後に行き着いた先は、なんと「原初言語」!

バベルの塔で神の怒りに触れて分裂が起こる前の、アダムが話したとされる「原初言語」の正体は、なんとも想像を絶するものでした。通訳やベラミーの口にのぼるわけのわからない言葉に「破裂音」が多かったりする理由や、リストに記されたランダムな地名も、ここまできて意味を持ってきます。でも、ここまで遡らないでしょう、普通・・。

著者には、本書を加えて「言語三部作」となる、他の著作もあるとのこと。多数の言語が地続きで存在するヨーロッパの複雑さが生み出した、不思議な本でした。

2008/2