りぼんの読書ノート

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仏果を得ず(三浦しをん)

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文楽は一度だけ見たことがあります。たしか「心中宵庚申」だったと思うけど、ストーリーはあまり覚えていません。ただ、最後の道行きの場面の色っぽさとせつなさは、強烈に記憶に残っています。そんな文楽を、青春小説に仕立て上げてしまった、三浦さんの最新作。

文楽とは、義太夫節・三味線と人形劇からなる人形浄瑠璃のことですが、義太夫修行中の健太夫(タケルダユウ:通称「健」)が、厳しいながらも愉快なキャラの師匠の銀太夫や、変わり者ながら腕のいい三味線奏者の兎一郎らとともに、文楽の真髄を探っていく物語。

30歳すぎの健は「青春」というには少々トウが立ってるけど、銀太夫師匠をはじめ、ご高齢の人間国宝がゴロゴロいる世界では、間違いなく「若手」。文楽修行に十数年を捧げて、ついに大役に抜擢されようとしている大切な時期に、ややこしい恋愛なんかもしちゃうもんだから、もう大変。でも、恋愛も「芸の肥やし」とは、よく言ったものです。健は、自分の恋愛体験を通じて、文楽の登場人物たちの気持ちに迫っていくのですから。

女殺油地獄」の不良男・与兵衛が醸し出す、不思議な男の色気を理解。「本朝廿四孝」の八重垣姫の大胆さを、彼女に迫れない自分と比べて反省。「心中天網島」の治兵衛が、遊女小春の真心を知ってしまったが故に、それを受け止めるためには死を選ぶしかなくなってしまった切ない気持ちを理解。

そしてついに回ってきた大役は、「仮名手本忠臣蔵」のおかる勘平。主君が刃傷事件を犯すという非常時にもイケイケギャルのおかるとデートを重ねていたイイカゲン男の勘平が、更なる不祥事で切腹に追い込まれる場面。死の寸前に自らの無実を知って、生き抜きたいと心底から願いながら絶命していく勘平の無念さは、芸にも恋愛にも人生を賭けたいという、健の思いとシンクロしていきます。

すがすがしい読後感には『風が強く吹いている』にも通じるものを感じました。文楽という馴染みの薄い題材を、ここまで読ませる小説に仕上げてしまうなんて、三浦さん、さすがです。

2008/2