りぼんの読書ノート

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お家さん(玉岡かおる)

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明治~大正期に日本を代表する財閥として勃興し、一時は三井や三菱を上回る規模のビジネスを展開しながらも、昭和金融恐慌の前に破綻した鈴木商店を描いた小説では、城山三郎さんの『鼠』が有名ですが、その主人公は大番頭であった金子直吉でした。

この本は、神戸の砂糖商人だった夫の岩次郎を早くに亡くしながら、未亡人の身で「店主=お家さん」となり、金子直吉らの有能な経営者に思う存分ビジネスの腕を振るわせるなど、鈴木商店の精神的支柱として敬愛された、鈴木よねの一代記です。

鈴木商店のシンボルだったダイヤモンドマーク(「+」を囲む「◇」)は、よねの名前「米」を図案化したものだったそうです。代表社員として大きな案件を全て決裁したよねですが、彼女が直接ビジネスと関わったことは数えるほどしかありません。

まずは商店の草創期。店がつぶれるほどの大穴を開けて切腹を覚悟した直吉を許し、金策に走り回って店を続ける覚悟を固めたとき。最後は、傾いた鈴木商店の経営を近代化するために「金子を切れ」との若手社員や台湾銀行などの突き上げに対して直吉を守り切る決意を固めて、商店の幕引きを行ったとき。商店の破綻後も、子会社の上場や売却によって巨額の借金を全て返済しきってから店をたたんだとのこと。今で言うIPOやMBOですね。そのおかげで、神戸製鋼帝人日商双日)などの錚々たる企業が、現代にも続く遺産として残されました。

ビジネスは男衆に任せておいて最後の責任はきっちり取る「日本型経営」ですが、それでも、得意な裁縫になぞらえて「針で縫う」時なのか「鋏で絶つ」時なのかの判断をしっかりしていたわけですので、恐るべき胆力です。

ただ彼女の真骨頂は、個人商店から近代的会社への変革期において、社員たちの結婚の世話をしたり、妻たちを結束させたりの「内助の功」にあったようです。丁稚奉公のたたき上げから帝大出身のエリートまで、多様な社員と家族を束ねるには権力だけでは無理。底知れない人格と品格と神経の細やかさを持った、魅力的な女性だったのですね。

著者は「神戸文学賞」でデビューして、明治の女性から現代の活発な女の子まで、「神戸の女」ばかりを描いている作家だそうです。タカラジェンヌを主人公にした本なんかもあるそうです。

2008/2