大学院生のアリエルは、呪われた本といわれる『Y氏の終わり』にめぐり合います。その本の中で、Y氏は他者の精神に入り込むための薬の処方を記していたのですが、それを試してみたアリエルもまた、不思議な世界に飛び込んでしまいます。
ネズミやネコや隣人の心に入り込む経験をした彼女は、その世界を、実体を備えた意識の世界として「トロポスフィア」と名づけますが、そこには彼女を抹殺しようとしている敵もいたのです。逃亡を続ける彼女がたどりついた「トロポスフィア」の真実と、その世界が行き着く先とは・・。
どうやら「トロポスフィア」というのは、量子論に基づく唯名論的な世界であって、思考が量子に働きかけた結果、物質が記号化されたネットワーク世界のようです。そこでは、過去から現在へと連綿と続く思考が物質化されている為、他人の思考を読むことはもちろん、他者の記憶をたどって過去にアクセスすることも可能なのです。
アリエルはなぜか、「トロポスフィア」で「他者の心を変える」能力を身につけます。彼女の刹那的で自堕落な性格も影響しているのでしょうか。そのあたりは微妙ですが、「低級な神」と出会ったことも関係あるのかもしれません。人間の思考が作り上げた存在である「神」もまた、「トロポスフィア」に棲んでいるのです。
アリエルは『Y氏の終わり』が書かれた1900年に遡って著者の精神に入り込み、この本の存在そのものを消し去ろうとするのですが、彼女が最終的に行き着く先が、より根源的な原初の世界になろうとは!
2008/2