りぼんの読書ノート

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神なるオオカミ(姜戎)

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文革時代に内モンゴル自治区下放され、青年時代を遊牧民と共に暮らした著者が、自らの経験を基にして、30年もの年月をかけて書き上げた「奇跡の本」です。上下巻合わせて千ページの大作ですが、一気に読んでしまいました。

主人公の陳陣(チェンジェン)は、遊牧民の生活とオオカミに魅せられていきます。遊牧民にとってオオカミは家畜を襲う敵なのですが、草原の支配者として生態系を守っている神聖な存在でもあり、オオカミがいるからこそ土壌の薄い草原の砂漠化が防止できていることに気づくのです。

同時に、チンギス・ハンをはじめとする遊牧民族の民族性や戦術は、オオカミに学び鍛えられたものであり、匈奴突厥契丹女真、モンゴルといった遊牧民族の血が絶え間なく農耕民族である漢民族に「輸血」されてきたことによって、「中華民族」が生まれ、中国という国が続いてきたに違いない・・と陳陣は思うのです。

ところが近代兵器によって、遊牧民族vs漢民族、オオカミvs人間という力関係は逆転してしまいました。草原に大挙して押し寄せて農耕を開始し、「人民の敵」としてオオカミの絶滅を唱える入植者(漢民族だけではなく、定住した遊牧民も!)の前にモンゴルの古老の警告は無視されます。さらにソ連との緊張が高まる国境周辺には、人民軍までもが!

そんな中、陳陣は捕らえた子オオカミを小狼(シャオラン)と名づけ育て始めます。飼われながらも野生の誇りを失わないシャオランに、陳陣は強く惹かれるのですが、もはやオオカミと緑の草原の滅びを食い止めることは不可能でした・・。

遊牧民族の厳しい生活と、草原が変えられていく様子を丹念に描きながら、オオカミ・トーテムについて深い考察を含み、しかも「読ませる」小説に仕立て上げたこの本は、まさに「奇跡」といってもいいかもしれません。オオカミの群れが、黄羊の大群や馬たちに襲い掛かったり、人間や犬たちに心理戦を仕掛ける場面は大迫力。それだけに一層、滅びゆく自然への寂寥感も増すのです。

農耕により羊性となってしまった中国民族を再生させて、世界中のオオカミ性民族(なぜか日本も入ってます!)と肩を並べるには、今一度オオカミの血を輸血すべき・・との結論には疑問も感じますが、草原の砂漠化による黄砂の害の増大への警鐘を鳴らすなど、期せずしてエコロジーの本にもなっています。この本、よく中国で発禁処分とならなかったものです。

2008/1