りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

目眩まし(W.G.ゼーバルト)

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旅の歴史は繰り返されます。

1800年、アンリ・ベール(ことスタンダール)は、ナポレオン戦争に従軍して北イタリア諸郡市に滞在した記憶を書きとどめました。

1913年、ドクター・K(ことカフカ)は、ウィーンでの国際会議に出席した後、北イタリアのガルダ湖畔のヴェローナと、リーヴァに滞在した日記を残しました。

1980年、カフカと同じ旅をした語り手(私)は、死と暴力の予感におののいてヴェローナから逃げ帰ってしまい、7年後に再訪を果たすことになります。

これだけでは、何の話かわかりませんね。どうやらこの本は、カフカの短編小説に登場する永遠の漂泊者「狩人グラフス」をモチーフにした「旅」の物語のようです。より正しくは、旅先の異国にて体験した異様な(もしくは異様と錯覚した)戸惑いと、目を眩まされるような想いを描いた作品のようです。

従って、4つの旅で登場人物が見聞きするものは、異様な雰囲気に満ちています。サイコロ遊びをする二人の子供、港に入ってきた古びた小舟、二人の黒い上衣の男が運び降ろす棺、カフカそっくりの15歳の双子の少年、失われたパスポート、連続殺人の新聞記事・・。

目を眩ませる異様な事象は、決して旅先のことだけではありません。最後に語り手は、幼年期をすごしたチロルの村に帰郷を果たしますが、そこでの体験もまた謎めいているのです。同じガルダ湖を訪ねても、「太陽が燦燦と煌く美しい湖」との明るい印象しか持たなかった私とは、大きな違いですね。

先にカフカの『狩人グラフス』を読んでおかないと、理解できない世界なのかもしれません。でも「カフカ的世界」の感覚は、十分すぎるくらいに伝わりました。

2007/12