りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

悪人(吉田修一)

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被害者と犯人は、冒頭で明らかになってしまいます。福岡の若い保険外交員・石橋佳乃を山中で殺害したとして逮捕されたのは、長崎の土木作業員である清水祐一。物語の焦点は、殺人にまで至ってしまったさまざまな人間関係と、祐一の逃避行に当てられることになります。

犠牲者となった佳乃は、見栄っ張りで、バーで知り合ったハンサムで裕福な大学生とつきあっていると友人たちに嘘をつき、孤独をまぎらわすために携帯サイトで出会いを求めるのですが、こんなのは普通の範囲。加害者となった祐一は、母に捨てられ、取り残された旧漁村で祖母に育てられ、女性とまともに付き合ったこともなかったのですが、そんな男性が携帯サイトで出会った女性に惚れこんでしまったことだって、別に変わったことじゃない。佳乃にじゃけんにされた祐一が、佳乃を殺してしまったのは、裕福な大学生である増尾が関係していたのですが、これだって偶発的な事件と言える範囲かもしれません。

物語が迫力を増してくるのは、やはり孤独な女性・光代が登場してからです。彼女は、既に殺人を犯してしまっていた祐一と本気で愛し合ってしまうのです。そして始まった逃避行の末に待っていたものは・・。

「悪人」とされた祐一は、どんな人間だったのか。3人の肉親たちの人生も描かれていく中で、彼らの「普通さ」が強調されるかのようですが、一方で、無責任で他人の痛みを平気で踏みにじる、裕福な大学生の「普通さ」に潜む非人間的なものが、対照的なものとして描かれます。この本のテーマは、意外にも、「純愛」だったように思えます。

2007/12