りぼんの読書ノート

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BT‘63(池井戸潤)

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直木賞候補となった『空飛ぶタイヤ』で、大企業の横暴に苦しむ中小運送業者の戦いを描いた池井戸さんですが、その前にも運送業者を主人公とした本があったのですね。タイトルの『BT‘63』とは、「1963年のボンネットトラック」の意味です。オリンピックの1年前、開発の進む東京にも、まだまだ光の当たらない「暗い闇」の部分があったようです。組織犯罪に巻き込まれてしまった運送業者が闘う物語。

この本は、現代に生きる息子・琢磨が、既に亡くなった父親・史郎の足跡を訪ねる形式をとっています。精神を病んで仕事も妻も失い、ようやく回復したもののまだ自分に自信を持てない琢磨に、不思議な出来事が起こります。

父の遺品である運送会社の制服に袖を通してみたところ、琢磨は知らないはずの、母と結婚する前の父の記憶が鮮明に蘇ってきたのです。ありえない設定ですが、それほど違和感はありません。当時の史郎も現代の琢磨と同様に「ある種の闇」と戦っていたということなのでしょう。

当時の史郎はジリ貧の運送会社を立て直すべく、「宅配便」という画期的な企画を実現するために奮闘中。しかし妻を亡くした社長は気力を失い、犯罪に引き込まれた運転手を介して闇の勢力に目をつけられてしまったのです。私生活の面でも、経理に採用した子連れの女性と恋に落ちた史郎ですが、彼女につきまとい暴力をふるうダメ夫の存在も、暗い影を投げかけています。

読者は琢磨を通じて、史郎の運送会社はその年に倒産し、その女性と結ばれることもなかったことを冒頭から知っています。ところが当時を知る老銀行員は、「君のお父さんは、見事に勝ったのだ」と言うのです。いったい当時、何が起きていたのか・・。時代の暗さを描きながら、見事な「再生物語」に仕上がっています。社長令嬢の尻軽女が心を入れ替えて史郎と結ばれて、今の琢磨の母親になったのかと深読みしたのですが、違いましたね。^^;

2007/11(出張中に)