りぼんの読書ノート

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リビアの小さな赤い実(ヒシャーム・マタール)

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リビアの政治体制の下で翻弄される家族の姿を、回想の形で、9歳の少年の視点から描いた本です。外交官であった作者の父親も、リビアの秘密警察に捉えられて消息不明といいますから、自伝的要素の濃い小説なのでしょう。

裕福な父と美しい母に守られていた少年の生活は、ひと夏の間に一変してしまいます。はじまりは、外国に出張に行ったはずの父親の姿を広場で見かけたことでした。貿易商として外国に出かけることの多かった父親は、自由にあこがれ、反政府活動を行う青年たちと交流がありました。

隣人が秘密警察に逮捕されると、母親の情緒不安も高まります。もともと母親は、14歳の時に無理やり嫁がされた夫との結婚生活を嫌って、自分の運命を「千夜一夜」の語り手であるシェハラザーデになぞらえるほどだったのですが、今では夫に頼りきりなのです。

母を苦しみから救い出そうとする少年ですが、反政府主義者に対する拷問や処刑をTVで公開放送するような国で、彼にできることなどありません。それどころか、子供たちの間で卑劣な振る舞いをしてしまって後悔する少年に「男らしくなるチャンス」といって巧みに近づいてくる秘密警察に、思わず父親や隣人の秘密を話してしまいます。

事情をよく理解していない子供の視点から書かれているせいでしょうか。わけのわからない恐怖がじわじわと伝染していく様子は、ホラー映画のよう。しかもこれがフィクションではないというのですから、恐怖感は増さざるをえません。

表紙の絵は「桑の実」です。甘酸っぱい「桑の実」の味は、著者が感じている、ある種の後ろめたさと重なっているのかもしれません。

2007/11