りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

時の娘(ジョセフィン・テイ)

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しろねこさんのブログで紹介されていた本です。本書は1951年の出版というから、50年以上も前に書かれた本ですが、いまだにみずみずしさを失わず、読者を歴史の旅にいざなってくれます。

犯人追跡中にドジをして足の骨を折り、退屈な入院生活を余儀なくされたスコットランドヤードのグラント警部は、恋人が持ってきた肖像画集を見て、疑問を抱きます。イギリス王政史上、最も悪名高いリチャード三世の顔は、決して犯罪者タイプではなく、誠実で悲しみに沈む男の表情だと・・。看護婦や見舞客に資料収集を依頼して、安楽椅子探偵ならぬ病床探偵となったグラントの前に、一般通念とは異なる意外な事実が、次々と現れてきます。

リチャード三世とは、百年戦争後のイギリスの支配権をプランタジネット系のヨーク家とランカスター家が争った薔薇戦争の、最後に登場する国王。兄のエドワード四世が病死した後、兄の幼い遺児たちをロンドン塔で暗殺して王位を簒奪するものの、フランスの支援を得て挙兵したヘンリー・テューダー(後のヘンリー七世)に討たれて、テューダー朝が始まることになります。

リチャード三世を悪役に仕立て上げたのはトーマス・モアの記述であり、それを下敷きにしたシエークスピアの戯曲なのですが、その元になった手記が彼を恨みに思う者の手で記されたものであったことを知ったグラントは、犯罪推理の手法で、史実を見直しにかかります。エドワード四世の遺児の死で、誰が利益を得ることができたのか。リチャード三世を悪役に仕立て上げることで、誰が得をしたのか。著者の導き出した驚くべき結論は、説得力に満ちていて一読の価値あり。

タイトルは、『真理は時の娘であり、権威の娘ではない』とのフレーズから採られました。実は、「リチャード三世無実説」は著者のオリジナルではなく、多くの研究者が既に明らかにしているとのことですが、これをミステリーとして仕立て上げた発想もテクニックも、超絶の技と言えるでしょう。

それでもなお、「リチャード三世悪人説」が世間一般の通念であることを思うと文豪の力というのは、怖しいものですね。日本の「坂本竜馬」人気だって、司馬遼太郎の『竜馬が行く』の影響のようですし・・。

2007/11