『女帝エカテリーナ』、『イヴァン雷帝』、『大帝ピョートル』といったロシア・ロマノフ王朝の歴代皇帝史をシリーズで書いた著者の作品です。
上に揚げた皇帝たちよりはるかに印象の薄いアレクサンドル1世ですが、彼の時代にはナポレオン侵攻による「大祖国戦争」があったんですね。ナポレオンを破った彼は、一躍、ヨーロッパの寵児となっていきます。
しかし、ヴォルテールやグリムとも親交があった開明的専制君主エカテリーナの孫として生まれたアレクサンドルは、複雑な性格の持ち主だったようです。父君のパーヴェル1世暗殺を黙認したことも、トラウマになったのかもしれませんね。
立憲君主制を掲げながらも、実際は専制主義的な国内政策を推し進める。自由主義者でありながら、ナポレオン後の神聖同盟を強硬に打ち出し、混乱に乗じて獲得したポーランドやフィンランドを併合。晩年は神秘主義に傾倒して、謎の死を遂げるに至ります。彼の死に乗じて「デカブリストの乱」が起きているのは、彼の理想と、実際の治世のひずみが、噴き出したものなのでしょう。
年表を見ると、アレクサンドルと、8歳年上のナポレオンの人生が歴史の要所で交差しながら、奇妙にシンクロしているかのようです。ナポレオンによって「無理やり歴史の表舞台に登場させられた凡人」と言ってしまうと、言いすぎでしょうか。
登場人物の思惑などの部分には作者の推測も含まれていますが、一応は「伝記」ですので、史実に基づいて書かれています。ナポレオン時代のヨーロッパ情勢を知るには、手ごろな1冊です。
2006/8
【(注)備忘メモ】
イヴァン4世(1533-1584):モスクワ大公、ロシア最大の暴君、カザフ・ハン国、アストラ・ハン国を併合
ピョートル1世(1682-1725):初代ロシア皇帝、ロシア海軍創設、ペテルブルグ建設、黒海に出口確保
エカテリーナ2世(1762-1796):ポーランド分割。領土をウクライナ、バルカンにも拡大。ヴォルテールやディドロと親交、晩年の男性愛人(ポチョムキン等多数)