りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

のろのろ歩け(中島京子)

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1998年の北京、2012年の上海、おそらく現代の台湾。刻々と変化しているアジアの街を訪れた3人の日本の女性たちは何を思ったのでしょうか。街の内側にいる者には見えにくいものが見えたのでしょうか。でも実際に彼女たちが見たものは、自分自身の変化だったのでしょう。著者らしい「ほのぼの感」溢れる中篇3作です。

「北京の春の白い服」
10年前に留学した地である北京へ、若い女性向けのファッション誌を作るために訪れた夏美は、急スピードで進む開発と、一方では「慢慢走(のろのろ歩け)」という言葉を日常の挨拶にする北京の人たちとのギャップを不思議に思います。翌春の世界の流行になると予測される真っ白のファッションを、黄砂の吹く寒い北京で全面的に押し出そうと奮闘する夏見でしたが・・。

「時間の向こうの一週間」
上海に転勤した夫と同居する部屋を探しに虹橋空港に降り立った亜矢子は、急な出張に出た夫と会えないまま、夫の部下という男性の案内でアパートを見て回ります。皆が成功を目指す街には、なぜか「無関時間(The other side of time)」という言葉が溢れていました。高度成長期まで遡らなくても、バブル時代の日本でも「時代に乗り遅れたくない」という焦燥感と、そんなものには背を向けたいという達観の両極端が共存していたように思います。

「天燈幸福」
失恋したばかりの美雨は、「台湾に3人おじさんがいるのよ」という亡き母の言葉を手がかりに旅に出ます。目的の駅を通過する特急に乗ってしまった美雨を助けてくれたのは、見知らぬ現地の青年でした。かつて台湾に留学していた母の恋の手がかりを追う美雨が、台湾の地で得たものとは・・。

著者は、「旅は自らの一部を他者と掛け値なしに交換しながら進んでゆくもの」と述べています。3人の女性たちがアジアの街から得たものは決して軽くはありません。彼女たちもまた同じ重さの何かを、それぞれ訪れた街に遺してきたのでしょう。旅というものは人と触れ合うことですよね。

2013/7