2017年12月に亡くなった著者の最後の長編小説は、「雨宮蔵人3部作」の最終巻でした。天下泰平の中で元禄文化が花開いた時代には、平和と引き換えに「武士道」の意味が見失われ始めていたとのこと。そんな時代に武士道の本質を問題提起したものは、肥前鍋島藩で書かれた『葉隠れ』と「赤穂浪士討ち入り」だったそうです。価値観が激動する時代に「義」を体現した雨宮蔵人の生きざまを、著者が10年の歳月をかけて完結させました。
第1部にあたる『いのちなりけり』は、鍋島藩支藩の小城藩の武士である雨宮蔵人が、妻の咲弥と真の夫婦となる物語。鍋島氏の旧主であった竜造寺家の末裔の家に蔵人は、妻となった咲弥から「自身の心を表す唯一の和歌」を示すまでは床をともにしないと宣言されてしまいます。折しも叛意を疑われた義父への上意討ちを命じられた蔵人は国を出奔し、彼を親の仇と思い込んだ咲弥も後を追います。やがて京と江戸で綱吉擁立をめぐる幕僚や朝廷との対立に巻き込まれた2人は、ついに純愛を実らせるに至ります。
第2部の『花や散るらん』は、忠臣蔵を背景とする物語。将軍綱吉の生母・桂昌院と御台所・鷹司信子の対立を抑えるために公卿たちから大奥に送り込まれた咲弥を、大石内蔵助の用心棒として江戸に下ってきた蔵人が救出。子供のいない2人は、討ち入りの夜に吉良邸内にいた上野介の妾腹の娘である香也を養女として育てることを誓います。
そして3年後、事件後の対応を問題視されて改易され諏訪高島藩の預かりとなっていた、吉良上野介の孫にあたる義周が病死する直前から、第3部にあたる本書が始まります。香也に一目会いたいとの義周の願いを叶えるため諏訪に出向いた蔵人は、吉良家家人の冬木清四郎なる青年と香也との婚儀を迫られて承諾してしまいます。しかし清四郎は、吉良の仇を討つために江戸へと向かうのでした。いったい吉良の仇とは誰なのでしょう。そして彼は、将軍綱吉と次期将軍家宣との権力闘争に巻き込まれてしまうのでした。婿を助けるために蔵人も再度江戸へと向かうのですが・・。
本書の背景には、柳沢吉保が主導した綱吉時代の政治を刷新しようとする、家宣、間部詮房、新井白石らの「正徳の治」があります。しかしその裏側には闇の部分があり、それを知る清四郎と蔵人は新旧両勢力から追われることになるのです。再び天下の政争に巻き込まれてしまった一家は、どのようにして義を貫くことができるのでしょう。そして蔵人の一家は満足できる結末を迎えることができるのでしょうか。物語は下巻で急展開していきます。
2024/11