物語の舞台となっているのは著者の故郷であるポーの町。フランス南西部に位置し、スペインとの国境にも近いピレネー=アトランティック県の県庁所在地である人口20万人弱の町。第2次世界大戦前夜に思春期をすごし、戦争と戦後の激変期に人生の岐路に立った男女の物語は、1919年生まれの著者の実体験に近いものがあるのでしょう。
終始名前が記されることのない「私」は貧しい階層の生まれです。しかし成績優秀だった彼は、町の有力者であったメルラン家の一人息子シャルルの「ご学友」に選ばれて、はからずも上流階級の友人たちと交流することになるのです。デブで軽率な性格ながら家柄が自信となっているシャルル。思慮深さと大胆さを併せ持つ美人の姉アンヌ=マリ。弁護士の娘で魅力的なアンナ。銀行支店長の息子で野心に燃えるジャン。彼らは皆、自分の社会的地位に足を踏みしめ、自信に満ちて生活を送っています。唯一の例外はシャルルに美貌を見初められたジェニアだけでした。
一方の「私」が内気で覇気に欠けているのは、将来の性格に加えて越えられない階級差を意識せざるをえないからなのでしょう。思春期から青年期にかけての学業、仕事、友情、恋愛、大戦中のレジスタンス活動、戦後の結婚生活、「私」の人生は何事においても中途半端に終わらざるを得ません。しかし上流階級の男女たちの人生もまた、時代の激変期の中で狂わされていくのです。
タイトルの「黒いピエロ」とは、サン・マルタンの祝祭日に開かれる移動遊園地のメリーゴーラウンドの客寄せがしていた扮装です。ジョージ・オーウェルの言葉である「あのころ、人生で挫折することこそ唯一の美徳であるように私には思われていた」を体現したような、ほろ苦いロマン小説ですが、こんな人生であっても「もう1周」が期待し得ることのメタファーなのでしょうか。
2024/7