りぼんの読書ノート

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わたしたちが孤児だったころ(カズオ・イシグロ)

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「孤児小説」ともいうべきジャンルがあります。『デビッド・カパーフィールド』、『ジェイン・エア』、『サイダーハウス・ルール』・・。幼くして自立するリアリストでありながら、愛情に飢えている主人公たち。

でも、上に挙げた作品の主人公たちは皆、生まれながらの孤児。だから10歳で孤児になった、本書の主人公クリストファーの場合は、両親に愛された記憶があるという点が、違うのかもしれません。

上海で貿易会社に勤める父と、反アヘン運動に熱心だった美しい母が、相次いで謎の失踪を遂げてしまい、彼はロンドンに返されます。寄宿学校を卒業して就いた職業は、なんとホームズばりの私立探偵。両親を探し出し救出することが、彼の変わらぬ思いだったのです。

1937年、ついに彼は日中戦争ただ中の上海に戻ってきます。両親を捜索する手がかりは、幼い日々の記憶だけ。ところが、記憶というものは、本人に対しても偽造されやすいもの。姿を現した「真実」は、彼の記憶や想像を超えたものでした・・。

そういえば、最近読んだ『日の名残り』や『わたしを離さないで』でも、過去の記憶の欺瞞や、思い込みがひとつのテーマになっていました。「信用できない語り手」は、イシグロさんの得意のテーマなんですね。

ところでこの本のタイトルは、どうして「わたしたち」なのでしょう。幼少期に愛された思い出はとっても大切なものですが、遅かれ早かれやがて自立していかざるを得ない人間というものは、みな等しく「孤児」だとでもいう意味なのでしょうか・・。

2006/7