りぼんの読書ノート

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バルタザールの遍歴(佐藤亜紀)

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佐藤亜紀さんのデビュー作です。29歳でこんな小説を書いたのですね。

バルタザールとメルヒオールは、一つの身体を共有する双子。さらには、物理的な身体を抜け出す能力まで持っている。オーストリア・ウィーンの侯爵家に生まれた不思議な双子が、退廃に身を持ち崩して転落していく軌跡を描いた物語。

双子の転落の過程は、オーストリアの転落と軌を一にしています。11歳、帝国の解体、母の死と父の再婚。青年時代のパリでの遊蕩と、帰国後の義母ベルタルダとの不倫を経て、30歳、ナチスドイツによる併合、屋敷を失いウィーンから逃亡。しかし逃亡先のアフリカで身を持ち崩している間にも、ナチのエックハルトや、仇敵コルヴィッツは彼らを捨て置いてはくれず、望まない対決を余儀なくされてしまいます。

2つの精神が、1つの身体を共有するというのは、ハプスブルグ家の紋章である「双頭のワシ」のようです。片方が酔いつぶれている間に、もう片方が回想記を書くなんていう、悪い冗談のような分裂ぶりは、滅亡の100年以上前から分裂寸前だった、退廃した旧い帝国を象徴しているかのよう。デビュー作ですが、すでに完成度は高い。薫り立つような簡潔な文体は、素晴らしいの一語に尽きます。

2005/8