りぼんの読書ノート

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麦の海に沈む果実(恩田陸)

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この本は、「信用ならざる語り手」による独白ですね。序章でいきなり記憶の持つあやふやさが語られるあたりから、読者は著者のマジックに捉えられてしまうかのようです。語り手が手にしている『鏡の国のアリス』も、そのための小道具。

語り手の理瀬が14歳の時に転入した、奇妙な全寮制学園。湿原に囲まれ密室状態の学園で、次々と不思議な事件が起こります。次々と失踪する生徒たち、謎めいた校長、そして殺人までもが・・。生徒たちは、なぜ失踪するのか? 学園内に、殺人者はいるのか? ・・との興味で読み続けていると、突然、最大の謎が、理瀬の正体であることに気付かされます。全ては彼女自身の境遇と運命に関わっていたのですから。

「ある事件によって部分的な記憶喪失となっていた」との理瀬の言葉は、信用できるものなのでしょうか。それとも、フィルタリングされた記憶が、彼女自身に対して、そう思い込ませたものなのでしょうか。ひょっとすると、この物語の全体が記憶による捏造なのでしょうか。判断は、読者に委ねられます。

記憶の持つあやふやさに並んで、「演じること」も大きなテーマ。『チョコレートコスモス』はもちろんのこと、劇中劇を多用する恩田さんは、「演じる」ということに強いこだわりを持っているようですね。「虚構をいかに現実に見せるか」という「演じること」の真髄は、「フィクションを書くこと」になんと近いものなのでしょう。「演じること」を「書くこと」が、記憶というフィルターを通した奇妙な合わせ鏡となって、読者を迷宮に誘い込むのです。

2007/1