りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

窓の向こうのガーシュウィン(宮下奈都)

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未熟児として生まれたせいか、普通の会話も苦手で他人とは距離をとり続け、ずっと欠落感を抱えて19年間生きてきた佐古は、介護の資格を取ったもののうまくこなせず、あちこちで担当を替えられていました。

そんな佐古がはじめて居心地の良さを感じた場所は、訪問介護で訪れた79歳の横江先生の家。できるだけのことを自分でやり続けたいという先生の言葉も、額装をしている息子さんの声も、佐古と同年代で家を飛び出しているという孫の隼クンの声も、全部しっかり耳に遠くのです。それまでうまく距離感をとれなかった家族が、佐古が間に入ることによってうまく回り始めたようなのです。

横江先生の家族がほかと違っていたのは、佐古のことを「決まった物差し」で見なかったということなのでしょう。確かに「みんなと違っていてもかまわない」という佐古のことを測る物差しはありませんし、佐古自身も他人を計る物差しなど持ち合わせていないのです。

そこで、自分の言葉と自分の感情を持ち始めた佐古は、自分の物差しを見つけつつあるように思えます。それは彼女の成長を意味しているのですが、彼女は無垢さを失うことはないのでしょう。自分の物差しを持ったからといって、彼女は全てをそれで計ろうとはしないでしょうから・・。

デビュー作スコーレNo.4以来、音楽が聞こえてくるような優しい小説を紡ぎ出してきた宮下さんですが、本書で聞こえる音楽は、エラ・フィッツジェラルドの「サマー・タイム」です。この曲の意味を知らずに楽しい歌だと思い込んでいた佐古でしたが、歌詞を理解した後でも以前の感覚は消えていません。それは自分の物差しを持っても本質は変わらない、彼女の今後の生き方を象徴しているように思えるのです。

2012/11