フィリピンに生まれてアメリカで学び、現在はカナダで暮らしている新世代作家のデビュー作には、歴史、犯罪、ジョーク、YA、ロマンスなど多様な内容が含まれ、しかも仕掛けに満ち満ちています。
フィリピン人亡命作家クリスピンの死体がハドソン川で発見され、彼の書斎からは、近代フィリピンの権力の内情を暴いたといわれる執筆中の小説の原稿が消え失せていました。クリスピンの教え子ミゲルは真相を解明すべく、師の人生の足跡を追って母国フィリピンへと旅立ちます。
しかし当時のフィリピンではアロヨ大統領に対して、前大統領のエストラダ派が指導する反政府デモや暴動が頻発。大停電や大洪水などの惨事も起こる中、師の知人たちとの会見も難航するあたりはまるで迷宮に入り込んだよう。
それでもミゲルはなんとか、師の人生と著作をたどり直し、150年に渡るフィリピンの近代史を振り返っていきます。失恋した特権階級のお坊ちゃんから一段成長したミゲルは、新しい恋人を得て、洪水の中で彼自身の人生に関わる決断をするに到るのです。そして師と関係の深い謎の女性ドゥルネシアの住む離島に向かうのですが・・。
この小説は、誰によって、何のために書かれていたのでしょうか。全てはエピローグで明らかになり、読者は「仕掛け」に驚かされるのですが、そこまでネタバレは書けませんね。でもヒントとして、作中の一文を引用しておきましょう。
「物語を語るということは、人生の混沌に理解可能な美しさを与えること」であり、「可能性についてのフィクションの中で、作家は自分が生きられなかった人生を織りこむことになる」。そしてこの小説の「書き手」とされる人物は、故郷に残された娘ドゥルネシアと再会すべく、故郷への帰還を決意するのです。
「失われた詩人を追う」という似たテーマで書かれた、ロベルト・ボラーニョの『野生の探偵たち』よりは、ずっと明快な作品です。
2011/9