りぼんの読書ノート

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上海灯蛾(上田早夕里)

バイオSFでデビューした著者は、近年では室町時代や未来の陰陽師ファンタジーなども書いていますが、本は『破滅の王』や『ヘーゼルの密書』に続く日中戦争時代の上海を舞台とする物語。「戦時上海3部作」の最終巻です。

 

1934年。「魔都」と呼ばれる上海に成功を夢見て渡ってきた日本人青年・吾郷次郎のもとに、原田ユキヱと名乗る謎めいた女性が近づいたことから物語が始まります。彼女は満州国関東軍も存在を知らない上質な阿片を生む新種の芥子の種を持っていたのです。上海の裏社会を支配する青幇と渡りをつけた次郎が、友誼を交わした青年幹部の楊直とともに阿片ビジネスへと参入し成功への階段を上りかけた時に起こったのが、第二次上海事変でした。

 

関東軍と青幇との間で繰り広げられる暗闘は、莫大な富と愛国心に燃える者たちを巻き込んで、インドシナビルマへと広がっていきます。しかしそれは勝者のいない闘いでした。彼らは皆、阿片ビジネスという灯火に惹き寄せられる蛾のように、熱狂して燃え尽きていく運命をたどることになります。しかし復讐の念に燃えて、新種の芥子の実という強烈な炎を持ち込んだユキヱだけは、蛾を誘う灯火だったようです。それでも彼女を含めた登場人物たちの全員が、酷薄で哀しい生き方を強いられたことに変わりはありません。

 

混沌の時代に生きたが故に、友人にも恋人にも同胞にもなれなかった者たちの鮮烈な哀歌には、何か根源的なものが含まれていますね。もちろんエンターテインメントとしても優れており、近年の著者の充実ぶりを示す作品です。

 

2024/5