りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

ことり(小川洋子)

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鳥籠を抱えたまま孤独死した老人は何者だったのでしょう。生涯を町の片隅で暮らし、妻を娶ることも、人と深く交わることもなく、ましてや世俗的な成功からは最も遠いところで生きてきた老人の内面は、どのような豊饒に満たされていたのでしょうか。

両親を亡くしてから、小鳥のさえずりにも似た言葉しか話せない兄を世話をし続けるために、企業のゲストハウスの管理人という地味な仕事についた青年。兄の死後は近くの幼稚園にある鳥小屋のボランティア清掃を欠かさず勤め、皆からは「小鳥の小父さん」と呼ばれるようになっていきます。鳥に関連した本を読むために図書館に通った男は、たった一度だけ淡い思いを抱いた図書館司書に静かに去られた後、静かに年老いていきました。

小鳥のさえずりに耳を傾け続けた人生でしたが、それでも世間から隔離された桃源郷に生きていたわけではありません。小箱で鈴虫を飼う老人との出会いは思わぬ嫌疑の原因となり、小鳥の愛好家と称する人々の鳴き合わせの会への強引な勧誘は不快感を抱かせます。本書は決してメルヘンではないのです。タイトルの「ことり」は「小鳥」であるだけではなく、静かに倒れる擬音でもあり、「子取り」でもあるのですから。

孤独とは不幸なことなのか。著者の問いかけは静かですが、考えるほどに重みを増してくるのです。

2014/5