りぼんの読書ノート

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桜ほうさら(宮部みゆき)

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関東の小藩で偽筆文書を証拠に汚職の汚名を着せられて切腹した武士の次男、古橋笙之介が、父親の汚名を晴らすべく奮闘する物語ですが、それだけには留まりません。「偽筆」を足がかりとして、人が「書くこと」への根源的な問いを扱った作品となっています。

笙之介は「完璧な偽証文」を作った幻の代書屋を探すため、長屋に住まい、貸本屋に出入りして写本の内職を始めます。彼の力になってくれるのは、藩の江戸留守居役。その代書屋が藩内の陰謀の手先となって藩主の偽遺言状を作らせるのではないかと警戒しているのですが、彼にはまた別の思惑もありました。

笙之介は思うのです。「手跡の違いというものは、人ひとりひとりの、ものを見る眼の違い」であり、「幻の代書屋は、眼と心を取り替え、目的の人物になりきることができる人物なのではないか」と。そしてついに幻の代書屋と対峙した笙之介は、彼の中に、優れた才を持ちながら身を行かせる場を見出せずに道を誤った兄との類似を見ることになるのですが・・。

本書は、笙之介が「桜の精」と見とれて一目惚れした女性・和香との初々しい恋愛や、奥州で隠居した元藩主が書いた贋字の意味を捜し求める話や、貸本屋の知人の娘の狂言誘拐事件などと重層的に絡み合いながら進行していきます。第2話で登場する、奥州が飢饉に襲われた際に記された書物が後の笙之介に影響を与える運びとなる展開には、大震災と津波に対する著者の思いも込められているようです。

最後に浮かび上がってくるのは、江戸の市井で暮らす者たちの人情であり、彼らと交わることによって人間として成長した笙之介の姿です。タイトルは、「あれこれいろんなことがあって大変だ」という意味を持つ甲州の言葉「ささらほうさら」をもじったもの。いつもながら見事な構成の小説です。

2013/10