りぼんの読書ノート

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平成猿蟹合戦図(吉田修一)

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人を騙して生きていく「猿」に対して、騙された側の「蟹」が仲間とともに復讐を果たす物語なのですが、誰が「猿」で誰が「蟹」なのか、なかなか着地点が見えてきません。でもその過程が本書の醍醐味なのでしょう。

行方不明になった夫を探して長崎五島から上京してきた子連れのホステス美月。新宿で冴えないホストクラブで働いている、美月の夫の朋生。朋生の知り合いで轢き逃げ事件を目撃したバーテンで、秋田県大館出身の純平。新宿で美月母子の世話を焼く、韓国クラブのママ美姫。

轢き逃げを起こしながら兄を出頭させた、世界的なチェロ奏者の湊圭司。湊圭司に代わって無実の罪を被った兄・湊浩司の娘の友香。秋田県大館に一人で暮らしている、湊兄弟の祖母サワ。政治家の秘書を志しながら、湊圭司の秘書を勤めている園夕子。

発端は純平が目撃した轢き逃げ事件でした。事故を起こした者と出頭した者が別人であることに気づいて、湊圭司を強請ろうとしたのですが、交渉に当たった秘書の園夕子に説得されて、別の道を歩み始めます。夕子を仲立ちにして2つのグループは接近し、なんと純平は、故郷の秋田県から国会議員に立候補するという大転身を図ることになるのですが・・。

「蟹」は夕子だったんですね。彼女にもそれ以外の者にも、他人に騙されて悲惨な人生を歩んだ肉親がいたのです。ではどうして、国会議員選挙への出馬が「蟹の復讐」になるのでしょうか。

人を騙せる人間は「それなりの理由で自分を正しいと思い込める人間」であるのに、騙される方は「自分が本当に正しいのかと疑うことができる人間」であるために、「正しいと言い張るものだけが正しいと勘違いされ、自分のことを疑う人間は簡単に見捨てられる」という風潮に抗った、爽やかな作品に仕上がっています。

2012/2