『千年の祈り』の著者が中国で実際に起きた事件を題材に書いた、初の長編です。文革時代に紅衛兵として知識人の弾圧を行なっていた少女が、ボーイフレンドへの手紙に記した毛沢東主席への疑問を密告されて逮捕され、10年間の投獄生活の末、1979年3月に「国家の敵」として処刑されます。その際に、死体陵辱事件も起きていました。
アナウンサーという花形職業に就き、党の要人に嫁いだ、かつての少女の同級生は、残虐な処刑に憤りを覚えて、友人の名誉回復のための抗議行動を起こします。折りしも北京で起きていた民主化運動に後押しされて、抗議行動は多くの賛同者を得るのですが・・。
本書は、抗議行動の顛末をさまざまな視点から描き出します。処刑された少女の両親、母親が妊娠中に紅衛兵時代の少女から受けた暴行がもとで不具となって生まれた少女、クズ拾いという社会の末端で生きている老夫婦、有名人になりたがっている優等生の少年、女性に関心を抱く頭の足りない青年・・。その誰もを、「理想」というよりも「世俗的な感情」によって動かされているように描いているのがこの著者のスタイルですね。そこにはヒーローもヒロインもいないのです。
処刑された娘が、紅衛兵時代にはほとんど殺人者のようであったことを忘れた母親。当局に反抗する無謀さを知っていて、娘の名誉回復に乗り出した妻をたしなめる父親。優等生の少年は、嫌っている父親の名前で署名したことを告白できずに父親を犠牲にしてしまうし、死体陵辱の現場を目撃した青年は、はじめは女性の気を惹くために、後には拷問に屈して、多くの知人を抗議行動に参加したことにしてしまいました。不具の少女は、自分を虐待する親に反抗して家を出てしまいます。
運動の中心人物となった女性アナウンサーですら、真の動機は夫への反感であり、別の男性への恋情であったかのようにも描かれているのですから。唯一ブレていないのはクズ拾いの老夫婦くらいでしょうか。
重いテーマを取り上げて、バラバラに拡散しそうな内容を纏め上げた著者の力量は「さすが」であり、本当なら激賞したいところなのですが、どうも前作の時からこの人の作品には違和感を覚えてしまうのです。頭のいい女性が読者ウケしそうな物語を造り出しているような感じ・・と言っては偏見でしょうか。訳文の問題もあるのでしょうか。次の作品は再び短編集だそうです。もう少し、彼女の作品を読んでみましょう。
2010/7