鷺沢さんの小説は、どうしてこんなに心に迫ってくるのでしょう。電車の中で、涙がポロポロこぼれてきて、恥ずかしくて仕方ありませんでした。
小説としては、それほど水準が高いものではないのかもしれません。でも、在日韓国人三世である主人公のとまどいや、周りの人たちの理解も友情はもちろん、無知からくる無邪気さですら、「等身大」という言葉がぴったりするように思えるのです。その背景にある「人間を深く肯定する」明るさに、深く心を打たれるのです。
主人公の「崔奈蘭」が、どうして中学高校の6年間だけ通名の「前川奈緒」だったのか。彼女はどうして、通名を捨て去ったのか。いくらでもシリアスに書けるテーマを、先輩へのあこがれや、同級生との幼く無邪気で、それでいて真剣な会話を通して、肯定的に描いていくのです。
そういえば、『君はこの国を好きか』も、『ケナリも花、サクラも花』もそうでした。韓国に留学して「現実の祖国」が決して夢の国ではなく、「現実の同胞」が在日韓国人をいつも暖かく気遣ってくれているものでもないことに気づくというショッキングなテーマが、等身大に、肯定的に、描かれているのです。
酒とマージャンに明け暮れたという、著者の「早すぎた晩年」の姿を思い浮かべることができません。カバー裏についている写真も、とっても可愛い感じですし・・。
2008/11