りぼんの読書ノート

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麒麟児(冲方丁)

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清少納言の悲壮な決意を描いた『はなとゆめ』以来、5年ぶりの時代小説は、江戸城無血開城に至った2日間の物語でした。江戸という大消費地を無血のまま開城させて幕末の混乱を最低限に抑えることで、諸外国の干渉を排除しえた奇跡的な交渉は、なぜ実現できたのでしょうか。本書では、敵味方である勝海舟西郷隆盛が心を響き合わせて奇跡を実現させた過程を描いていきます。

 

客観的に見れば江戸決戦は不可避でした。徳川慶喜が恭順の意を表明しているにもかかわらず、江戸に攻め上ってきた官軍には、幕藩体制への憎悪が満ちていたのです。一方の幕府側は無秩序な暴発がいつ起きても不思議ではない状況。そんな中で西郷とのトップ会談にこぎつけた勝の秘策は、江戸を焼き払う焦土戦術を本気で準備するという交渉材料。さらに勝が苦心したのは、複雑に錯綜していた交渉ルートの一本化。どちらも交渉を成立させるうえでの必要条件です。

 

もちろんそれだけでは奇跡は起きません。勝が西郷に将来の日本に対するビジョンを共有させたこと。山岡と益満という豪胆な使者を得たこと。何より、交渉当事者たちが、互いの陣営における相手の立場を慮ったことなどがあって、はじめて無血開城がなったのです。幕府重臣たちに、当初西郷が出した7か条の要求を全て拒まれながらも、ギリギリのラインで交渉を妥結させていく過程はスリリングです。

 

やはりビジョンの共有と相互信頼のどちらが欠けても、高度な交渉は実現できませんね。もうひとつ、良い意味での現実主義者であることも重要なのでしょう。恫喝を繰り返すポピュリズム政治家や、自己の言い分のみを声高に叫び続ける身勝手政治家が多い世界を、どのようにして変革していくのかが問われているようです。

 

2019/8