りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

変わったタイプ(トム・ハンクス)

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本書の著者は、あのトム・ハンクスです。アメリカの国民的映画俳優が書いた短編集というので、どうしても先入観を抱いてしまいがちですが、そのような心配は不要です。どの作品においてもプロットがしっかりしているのは、「映画で役作りをする場合に背景のストーリーを突き詰めて考える」という著者の修練によるのでしょう。宇宙旅行や戦場体験や移民の物語の背景には、「アポロ13」や「プライベートライアン」や「ターミナル」があるのでしょう。

「へとへとの三週間」
イスラム系と中国系の友人を持つ主人公が、高校時代からの友人アンナと付き合って振り回される物語。進歩的で合理的なアンナと、保守的で情緒的な主人公の対比が楽しい作品です。この4人組は、他の作品にも登場してきます。

「クリスマス・イヴ、一九五三年」
幸福な家庭の普通のクリスマスなのですが、父親は欧州戦線で片足を失った悪夢から抜け出し切れていないようです。それは終戦まで戦い続けて、今は放浪の身である戦友と再会できる時まで続くのかもしれません。

「光の街のジャンケット」
大女優の相手役に抜擢されて、欧州キャンペーンに同行した無名の男優の心情が、コミカルに描かれます。ショービジネスに関わる物語が意外と少ないのは、よく知りすぎて小説化しにくいせいなのでしょうか>

「ようこそ、マーズへ」
久しぶりに父と一緒にサーフィンに出かけたマーズ海岸で父の不倫を知った息子は、もうここに来ることはないのでしょう。

「グリーン通りの一カ月」
子供連れの若い寡婦が、引っ越し先で奇妙な隣人と出会います。彼はストーカーなのでしょうか。それとも?

「アラン・ビーン、ほか四名」
例の4人組が、DIYで制作した宇宙船で月へと向かいます。「アポロ13」とは異なり、最後までコミカルな物語。

「配役は誰だ」
ミュージカル俳優を目指してニューヨークに出てきたものの、絶望のどん底に沈みそうになっている女性。彼女を救ったのは、旧知の演劇家が書いてくれた簡潔な履歴書でした。

「特別な週末」
良心の離婚で父に引き取られた息子が、母と過ごした特別な週末の物語。綺麗な母にスポーツカーを貸したり、小型飛行機に乗せてくれた男性の存在が気になります。

「心の中で思うこと」
男に振られた若い女性が衝動的に買ってしまった中古タイプライターが、心情を綴っていきたいという思いに火をつけました。彼女に接する専門店の老店主が、いい味を出しています。

「過去は大事なもの」
1939年のニューヨーク万博だけにタイムトラベルを繰り返す大富豪の目的は、何だったのでしょう。無理な思いは身を亡ぼすものなのですが。

「どうぞお泊まりを」
大手開発業者が、買収予定地にある古いホテの経営者夫婦の地元愛に触れる物語。唯一の戯曲です。

「コスタスに会え」
ギリシャの貨物船でアメリカに密入国したブルガリア人は、移民街を仕切っているコスタスなる男に会うよう勧められるのですが・・。

「スティーヴ・ウォンは、パーフェクト」
ボウリングでパーフェクトスコアを出し続けて、セレブに上り詰めた男の出世譚。人生は皮肉で不思議なものですね。

「ハンク・フィセイの「わが町トゥデイ」」
幕間に3度登場するローカル新聞のコラムです。活字文化がスマホ文化へと移行してしまう恐れ、大都会ニューヨークでの困惑、追憶へと誘う中古タイプライターの存在というテーマは、過去への郷愁というより現代への不満なのでしょう。

全ての作品にタイプライターが登場するのは、著者が蒐集家であるからだったのですね。ただし創作はパソコンだそうです。

2019/5