りぼんの読書ノート

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西欧の東(ミロスラフ・ペンコフ)

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1982年にブルガリアで生まれ、アメリカ留学後も帰国せずにとどまって英語で小説を書き続けている著者の短編集です。本書のキーワードはブルガリア語の「ヤッド」。妬みや悪意や怒りや憤りにも似ている一方で、もっとエレガントで複雑な感情であり、すべてのブルガリア人の魂の内側を彩っているとのこと。

マケドニア
脳梗塞で倒れた妻がずっと隠し持っていたラブレターは、1905年にオスマン・トルコからの解放を目指す義勇軍に加わった男からのものでした。言葉を話せない妻に問いただすこともできず、もどかしい思いを処理できない老人でしたが、手紙を読んでいくうちに当時の家族の思い出がよみがえってきます。

「西欧の東」
川によってセルビアブルガリアに分割された国境の村。対岸に住む青年に恋した姉の悲劇と、やはり対岸に住むヴェラへの報われない恋心が切ない作品です。ソ連社会主義国と一線を画したチトー体制下の旧ユーゴは、ブルガリアにとっては「西欧」だったのですね。

レーニン買います」
意気揚々とアメリカ留学に旅立った青年は、著者自身の反映でしょうか。筋金入りの共産主義者である祖父との電話は、2人の持つ共通点を浮かび上がらせていきます。通販で売られていたレーニンの遺体がまがい物であるのは当然ですが、いったい何が送られてきたのか気になります。

「手紙」
祖母と2人暮らしのマリアは、近所の富裕な一家から金品をかすめ取る生活をしています。ある日、障碍をもって孤児院で暮らしている妹が妊娠したと聞き、堕胎費用を手に入れるのですが・・。

「ユキとの写真」
シカゴで出会った日本人女性ユキと結婚した若者が、ブルガリアに里帰りした際の苦い出来事が描かれます。ロマの少年を車ではねたことを言い出せないうちに、少年は翌日急死。少年の父親はカメラを持っているユキに家族写真の撮影を依頼するのですが・・。

「十字架泥棒」
並外れた記憶力を持って天才と呼ばれていた少年ですが、入試にも落ちて、今は能力を生かす機会もありません。親友と教会の十字架を盗むに行くのですが、そこにいたのは瀕死のキリストならぬ、打ち捨てられた老人だったのです。

「夜の地平線」
バグパイプ作りの父親を持つ娘ケマルは、共産党の方針でブルガリア風に改名させられてしまいます。頑強に反抗するイスラム教徒の父親が逮捕された後、ケマルはひとりでバグパイプ作りに挑戦するのですが・・。名前の問題は、時に深刻になるのです。

「デヴシルメ」
タイトルはオスマントルコによる強制徴兵のこと。移住先のアメリカで医者に妻を寝取られた男が、娘に向かってブルガリアの悲しい伝説を語り伝えます。皇帝が所望する帝国一の美女とイエニチェリの男の悲恋が、妻と娘に対する報われない愛と重なります。

ブルガリア人の8人にひとりは国外で生活しているとのこと。オスマントルコによる500年もの支配、第二次バルカン戦争での孤立、ドイツ側に立った両大戦の敗北、ソ連による実質的支配という「負け続けの歴史」が根付かせた感情が「ヤッド」なのでしょう。

2019/2