りぼんの読書ノート

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マザリング・サンデー(グレアム・スウィフト)

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「マザリング・サンデー」とは、屋敷に住込んでいるメイドが年に一度、実家に帰ることを許される3月末の日曜日のこと。日本で「藪入り」が死語となったのと同様、イギリスでも既に廃れてしまった風習なのでしょう。

1924年のその日、帰る実家もない孤児院育ちで22歳のジェーンは、近くに住むシャリンガム家の御曹司で結婚を控えているポールに呼び出されます。実は2人は7年前からこっそりつきあっていたのですが、身分違いの恋など実らないは当然であり、そもそもポールには恋情などなかったのかもしれません。2人とも、これが最後の逢瀬となることはわかっていたのです。

事を済ませたポールは婚約者のもとに車で向かいます。ひとり残されたジェーンは、この自由なひとときがポールの最後の贈り物との実感をかみしめながら、誰もいない屋敷の中を裸で歩き回ります。しかし、奉公先の家に戻ったジェーンを迎えたのは、思いもよらない悲報だったのでした。

実は本書は、後に小説家となったジェーンが90歳を迎えて「小説家となった瞬間」を振り返った作品であるようです。ポールの屋敷を出た時に感じた開放感と直後に感じた喪失感が、若かったジェーンに大きなインパクトを遺したのです。その一方で、この物語自体が何度も同じ質問をされる老小説家の創作という疑いも捨てきれません。イアン・マキューアン贖罪を引き合いに出すまでもなく、作家というものは厄介な人種なのです。

2018/12