りぼんの読書ノート

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昏い水(マーガレット・ドラブル)

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D・H・ロレンスの『死の船』にある「昏い水が押し寄せてくる、からだが少しずつ死んでゆく」というフレーズに登場する言葉をタイトルとする、「老い」をテーマとする群像小説なのですが、決して暗い作品ではありません。老いと死を意識しながらも、最後まで生命を輝かせている老人たちの物語なのです。

主人公のフランは70歳すぎても、老人施設の研究調査のためにイングランドじゅうをプジョーで走りまわっています。本人は元気なのですが、高級老人ホームで余生を送る親友ジョゼフィーンや、重病で死の床についているテリーサや、自宅で寝たきりの元夫のクロードの話を聞くと、老いと死を意識せずにはいられません。フランの息子であるクリストファーは、病死した妻セイラの縁でカナリア諸島に住み、著名な歴史家ベネットと彼のゲイの恋人アイヴァーの世話をしているのですが、老齢の彼らにも死は無縁ではありません。

カナリア諸島を舞台の一つに設定したことで、西サハラの独立問題、アフリカ諸国からの難民問題、火山噴火がもたらす被害予想などの議論が、物語にアクセントを加えてくれるものの、特段の事件は起こりません。もっとも、主人公たちが老いを意識したり、友人たちの窮状や訃報が入って来ることは「大事件」なのです。

物語は、数年後に登場人物たちが皆、亡くなったことを記して終わります。ショッキングですが、当然の帰結でもあるのです。そこに至るまでの間を豊饒に、できることならユーモア精神を失わずに生きることの大切さを教えてくれる作品でした。

2018/7