りぼんの読書ノート

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ソロ(ラーナー・ダスグプタ)

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21世紀初め、ブルガリアの首都ソフィアのうらぶれたアパートで、わずかな年金と隣人たちの施しによって生き延びている老人ウルリッヒ。盲目で身寄りもない老人は、ほぼ1世紀に渡る自らの人生を振り返ることで日々をすごしています。

20世紀のブルガリアは大国の狭間にあって、オスマン帝国からの独立、2度の世界大戦、ファッショ化、王政の崩壊、共産主義体制の成立と崩壊、その後のマフィアの横暴という政治の変遷にさらされ続けました。第1部で綴られるウルリッヒの生涯が、無残な失敗に終わろうとしていることは、ブルガリアの歴史と無縁ではありません。音楽の才能にあふれていた親友ボリスの獄死。父親の死であきらめたベルリン留学。ボリスの妹マグダレーナとの失敗に終わった結婚。母親の投獄。国土を汚染しただけの化学工場勤務・・。しかもそれらの記憶さえ、次第におぼろになっていくのです。

しかし第2部に入って、物語は一変します。廃墟になったブルガリアの町でジプシーたちとヴァイオリンを弾いていたボリスは、アメリカの敏腕プロデューサーに見出されて渡米。グルジア王家の血を引く美貌と才気に溢れた少女ハトゥナは、夫となったマフィア資本家が暗殺された後に、詩人の弟イラクリを連れてトビリシから渡米。やがて21世紀のアメリカで出会った3人は、華々しくも悲しい物語を展開していくのです。そして彼らを見つめる、老いたウルリッヒ

第2部が、老いたウルリッヒの脳内で展開された白昼夢にすぎないことは、はじめから示されています。第1部で登場した素材が形を変えて現れて来るのは、彼の記憶を繋ぎとめているコアの断片なのでしょう。ボリスという名前、新婚旅行で訪れたトビリシの町、燃えるヴァイオリン、あこぎな骨董商、暗殺される武器商人、崩れ落ちる給水塔、愚者、オウム、プラスティック、金時計、ビー玉・・。

翻訳者の西田英恵氏は「あとがき」で、「この作品は、ひとりの老人が自らの人生と折り合いをつけるための壮大な試みだったのである」と述べています。ラストに登場する「添い寝」という日本語は、現実の過去と白昼夢の関係を美しく言い表しているようです。しかしこのようなカタルシスは、誰しもが必要とするものなのでしょう。現代においては若者の間にすら、実現できなかった可能性をバーチャル空間に投影している者も少なからずいるようですし。

2018/5