りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

シャッフル航法(円城塔)

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現代ハードSFの第一人者と言われるグレッグ・イーガン万物理論ディアスポラを読んだ時には、「人間宇宙論」とか「AIの誕生と個性」などの概念に驚いたものですが、著者の作品群はそれらに匹敵する実験的思考を小説化しています。

「内在天文学
認知の枠組みが侵された結果、右向きだったオリオン座が向きを変え、土星の輪が月食を起こすような世界。しかしそんな中でも「ボーイミーツガール」は起こるのです。

「イグノラムス・イグノラビムス」
未来は予測可能なのか。自由意志はあり得るのか。精神は身体的制約を超えるのか。その移動速度は光速を越えるのか。SFは時に神学論争のようになるのです。宇宙をパタパタ飛び回るワープ鴨のイメージは楽しいのですが。

「シャッフル航法」
プログラムによって文節を次々とシャッフルさせた実験小説です。著者も意味不明という文章ですが、何かしら意味があるように思えてきます。

「φ」
縮小する宇宙が消滅するイメージが、段落ごとに文字数が減って行く文章で綴られていきます。文字数の縮小量がところどころ揺らいでいるのも、意識されているのでしょう。

「つじつま」
母の胎内に居続けたまま多くの女子とつきあい、母の胎内で家庭まで築いてしまう息子。「入れ子構造」も身体的なものになると不気味です。でもマトリューシカだってそんなものなのかも。

「犀が通る」
視点と思考が次々と移り変わって行く作品です。やがて語り手は、デューラーが想像で描いた犀となり、それが谷文晁に模倣され・・。全く余談ですが、明治以前に描かれた不思議な象の絵のルーツが何だったのか、気になります。

「Beaver Weaver」
ビーバーたちが論理階層の樹状構造を齧り倒してしまった世界。超光速移動は超論理によって可能となっており、1万年の歴史を持つ巨大帝国が一夜にして出現する世界。意味不明な宇宙戦争においては、理論上回避不能な敵の攻撃をかわすために、上位の理論を構築することに努力が費やされています。これらは全て、ほら話か夢落ち話なのでしょうか。

「(Atlas)3」
地形が変化し続ける世界とは、異なる主観視点を統合しても同一の客観世界が再構成できないことを意味しているのでしょうか。無数の老人が海岸線を測量して歩き回っても、地図はできないのです。そんな世界で、地図製作者たちは何度も殺害され続けます。それは「視点を殺害する」という意味なのですが。

「リスを実装する」
変数「dream」を実装されたリスは、森の中で野生化していくのでしょうか。リスの製作者は、進展するAI化の中で仕事を奪われ続けてきた人間なのですが。

「Printable」
全てが3Dプリントで制作可能となった世界。人間ですらプリントできてしまう中では、オリジナルの人格とは何を意味するのでしょう。オリジナル作者のいない小説すら生まれてきそうです。

2018/1