りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

火花(又吉直樹)

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2015年度の直木賞受賞作を今になって読むことができました。一時は図書館で数百番待ちだった本書を、ようやく借りることができたのです。

売れない漫才コンビスパークス」の徳永は、熱海の花火大会で冴えない営業をした晩に、奇才の先輩・神谷と出会って心酔してしまいます。神谷を師と仰ぎたいという徳永に対する命令は、「俺の伝記を書け」。ということは、本書は徳永が記した「神谷の伝記」なのでしょう。

互いに売れない師弟が交わした時間は濃密であり、2人が語る「お笑い哲学」には奥の深さを感じます。斬新なものを演じれば良いのか。ヒネリが必要なのか、直感が必要なのか。演じる時点ですでに笑いから遠ざかっているのか。凡庸さを否定して物事の本質を追求する神谷の捨て身の生き方からは、ヒリヒリするような切迫感が伝わってきます。

しかしそれだけでは売れないのです。破天荒な神谷は彼女から去られ、借金を作って、芸人の世界からも消えていきます。一方の徳永は、先鋭さを抑えた漫才で少しずつ売れ始めていくのですが、そこにも限界がありました。やがて解散を決めた「スパークス」の引退公演の客席に、神谷は姿を現すのですが・・。

「ピース」の又吉という芸人のイメージを排除して本書を読むのは難しいのですが、「お笑い」という特殊な世界を描きながらも本書は、疎外感と焦燥感を抱く若者たちの挫折という普遍的なテーマを扱った作品です。しかも神谷の奇抜さとは対照的に、物語の展開は極めてスタンダードなのです。にもかかわらず、本書が並の作品から一段抜けているのは、著者が文学と笑いに対して真摯に向き合った結果なのでしょう。

2018/1