りぼんの読書ノート

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空海(高村薫)

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新リア王太陽を曳く馬で、青森に君臨した衆院議員・福澤榮が晴子との間に設けた婚外子・彰之を僧侶としてしまった著者が、仏教信仰を意識した契機は、1995年の阪神淡路大震災だったそうです。それまで近代理性によって生きていた著者は、それ以降、人間の意志を超える言語化不能な存在を意識し始めたというのです。

日本仏教の原点ともいうべき空海の足跡をたどった本書は、著者にとって、「死者たちの冥福と自身の家族の安寧を自然に重ね合わせて祈ることができる」日本人の国民的精神の奥底に潜んでいるものを探し求める作業だったようです。

空海に関する記録と伝説は、分けて考えないといけないのかもしれません。歴史上の人物としての空海は、入唐して密教を極め、真言宗の開祖となって東寺や高野山を開き、天才的書道家でも先端的エンジニアでもあり、綜芸種智院を作った教育者でもある、ルネサンス的な万能人物。それは、諸国を巡って衆生救済に努めた伝説上の弘法大師とは、別人のようにも思えてきます。著者の言う所の「空海二人説」です。

そもそも、宗教家自身が伝説化されるということは、三大宗教の開祖レベルのことなのです。それは、空海の死後に存続の危機にさらされた教団の教宣活動の結果でもあるようですが、やはり空海自身がスーパーな存在だったのでしょう。「精神世界と身体体験を合体させ、直観と論理を融合させた人物」などというと、著者が追い求めている「近代思想の超克」のテーマと重なりあってくるようです。

2017/1