りぼんの読書ノート

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包囲(ヘレン・ダンモア)

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1941年9月。ナチス・ドイツ軍によって完全包囲されたレニングラード。厳寒と飢餓が牙を剥く極限状況。スターリンの圧政とヒットラーの包囲という二重苦のもとで、歴史上もっとも絶望的な冬を生き抜いた恋人たち・・というと、思い切りドラマチックな展開を想像してしまいますが、そういう作品ではありませんでした。

主人公は、絵の才能を持ちながら、家族のために身をすり減らして働いている若い女性のアンナ。母親は既に亡く、当局からにらまれていた作家の父親は、初期の戦闘に狩り出されて戦傷を負って昏睡状態。幼い弟コーリャは、日々やせ細っていくばかり。そこに、アンナの父と秘められた過去を持つ元女優のマリーナが転がり込んできます。アンナが頼れるのは、彼女と心を通わせる医学生アンドレイだけなのですが、彼もまた病院で負傷者の手当てに追われる毎日。

本書で描かれるのは、普通の人たちが、必死で生き抜く物語なのです。食糧配給の行列に並び、闇でストーブを手に入れ、燃料の廃材を手に入れるために隣人たちとも争い、それでも瀕死の幼児にわずかな食料を分け与え、いまにも消えそうな希望と命の火を灯し続け、解放と春の訪れを待ち続ける日々。

過去においても、現在においても、戦時下のどの国が舞台であってもおかしくはない、生き延びるための闘いを綴っていく簡潔な文体が、リアリティを感じさせてくれます。

2015/11