唐時代の怪異ロードムービー『僕僕先生』でデビューした著者ですが、そのジャンルの大先輩はもちろん『西遊記』。モデルとなった玄奘三蔵はスーパースター的著名人ですが、ほぼ同じ時代に海路で天竺を目指した義浄はマイナーですね。本書は、あえてその義浄を主人公に据えた「海の西遊記」。
序盤は、山東省に生まれて僧となった義浄が、玄奘を慕いながらもついに会うことはできず、自ら天竺への旅を志すまでが、ほとんど「歴史小説」のように進行していきます。玄奘が天竺からもたらした「法・論」に対して「戒・律」が欠けているのが問題であるとか、経典を大量に持ち帰るには船が勝るなど、かなりもっともらしいのです。
中盤になって、この著者らしく怪異が登場。ヴェトナムで遭遇した「海の声が聞こえる少女」に率いられた海賊はドタバタですが、スマトラのシュリーヴィジャヤを乗っ取ろうとした青年宗教者ビダーリは、ライバル度が高い。アンダマンでは中国僧の大乗燈と現地の女性ミンピの悲恋。そして天竺目前では、海賊団アクスアクスの支配者(実はビダーリ)と最後の対決! 三蔵法師と一緒で、中国の高僧は「肝」を狙われるのですね。
滑稽なまでに堅物の義浄と、おとぼけ弟子の善行は、ドン・キホーテとサンチョ・パンサを思わせる名コンビぶり。史実では、善行は途中で病気になって帰国してしまったとのことですが、本書では病を乗り切っています。
そしてエピローグ的につけられた短編が、大商人となった義浄の幼馴染の女性と、媚娘こと将来の則天武后との出会いの場面。後に帰国する義浄を自ら洛陽門外で出迎え、大スポンサーになったのが彼女なんですね。つじつまは上手に合っているのですが、波瀾万丈度が少々不足しているのが、惜しいところです。
2015/1