りぼんの読書ノート

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アイルランド短篇選(橋本槙矩/編訳)

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18世紀から現代にかけてのアイルランド人作家による短編集です。ルネサンス宗教改革産業革命中産階級の勃興も起きなかったアイルランドでは、長篇小説よりも「個々の生」を物語る短篇小説が発達したとのこと。本書にも収録されているオフェイロンは、「アイルランド社会は因襲的で自己満足的。社会的規範に反抗する機会もなく天国以外に目指すところがないから」などと述べていますが、そこまで自虐的になる必要はないでしょう。でも確かに、「story」よりも「tale」の雰囲気が漂う作品群です。

「リメリック手袋(マライア・エッジワース)」
アイルランド人というだけで過激派と思われた手袋屋の疑いはどうやって晴れたのでしょう。

「ワイルドグース・ロッジ(ウィリアム・カールトン)」
ロッジに眠る15人の男女を惨殺した惨たらしい事件は、カトリック教徒間の憎しみでした。

「塑像(ジョージ・ムア)」
少女をモデルにしたマリア像を破壊した犯人は少女の弟たちでした。彼らも将来、頑固なアイリッシュになるのでしょう。

「山中の秋夜(ジョン・ミリトン・シング)」
撃たれても生き延びる忠犬のほうが、知人の葬儀よりも大事なのかも・・。

「二人の色男(ジェイムズ・ジョイス)」
色男たちが無知な女中をナンパする物語は「騎士道のパロディー」であり、「周到なる卑小さ」に溢れています。ユリシーズですら本来は長編ではなく、短編の集積であるとの訳者の指摘も頷けます。

「高地にて(ダニエル・コーカリー)」
イギリス軍に追われて高地に逃げ込んだIRAメンバーが山中でフィニアン(IRAの前身)の老人と出会い、アイルランド復興の夢を語り合います。

「国外移住(リアム・オフラハティ)」
アメリカに移住していく息子と娘の夢と対称的なのは、残される母親の絶望です。

「妖精のガチョウ(リアム・オフラハティ)」
善なるガチョウが邪悪な存在と言われて殺害されてしまいます。アイルランドでは神父と妖精は相性が悪いようです。

「不信心と瀕死(ショーン・オフェイロン)」
死にかけた老婆を前にした男は、やがてくる自らの死と、その時に行うべき告解に思いを馳せます。

「闘鶏(マイケル・マクラヴァティ)」
むりやり酒を飲ませて闘いに勝たせた鶏でしたが、勝負の後で死んでしまいます。

国賓フランク・オコナー)」
内戦時代、イギリス人捕虜と親しくなった見張りでしたが、捕虜を殺害する任務を言い渡されてしまいます。

「ミスター・シング(ブライアン・フリール)」
生涯を僻地で暮らした祖母が唯一はしゃいだのは、安物の宝石を売るインド人の行商人を歓待した時のことでした。

アイルランドの酒宴(エドナ・オブライエン)」
男に振られたメアリーがパーティに参加。でも皆が飲んだくれるパーティは楽しめません。

「罪なこと(ジョンモンタギュー)」
海水浴場を訪れたフランス人の人妻を見た神学生たちは興奮してしまいます。これって罪なこと?

「ロマンスのダンスホールウィリアム・トレヴァー)」
不具の父を世話して行き遅れた娘は、好きでもない男と他の女性の結婚を嘆いてしまい、そのことでまた惨めな思いになっていまいます。老齢の母を世話している男と結婚するしかないのでしょうか。でもそれすら、互いの親が死んでからのこと。やはりこの人は短編の名手です。

2013/10